生存・生活のためにヘルパー派遣を受けている障害者の多くは、ヘルパーさんたちとの関係に悩んでいます。
公的介護給付の場合、一応は行政が調整窓口を設けています。虐待レベルで明白な証拠があれば、役に立つこともあるようです。 
また、介護事業所も「クレームには誠実に対応する努力をする」というようなことを契約書に必ず書いています。でも法律レベルでも、努力義務など守られません。当初、努力義務しかなかった「男女雇用均等法」から、そろそろ30年。働く女性をめぐる状況は、全体としては向上しておらず、むしろ悪化してるじゃないですか?

私は自分自身が障害者なので、女性障害者たちと率直に会話したり情報交換したりする機会があります。
女性障害者たちが介助者のいる中で生存・生活を守り、社会で活躍するために生み出してきた知恵の数々は、「地政学」と呼ぶのがもっともふさわしいものであったりします。
その女性障害者たちが、たとえばブログやSNSでどんなに
「社会から理解と配慮を受けられて、ヘルパー派遣もまあまあ充分な時間受けられて、幸せな私♪」
を演出していても、です。

私の知る女性障害者(身体障害のみ)は、現在は男性ヘルパーにだけ介助を受けています。「異性介助」は差別の象徴とされてきたのですが、彼女はあえて、男性ヘルパーを希望しています。
彼女は高学歴で、立派な職業キャリアがあります。
彼女によれば、
「女性のヘルパーは、ドロドロするから」
ということです。
女性ゆえに教育・職業などの機会から排除されやすいというのは、別にヘルパーでなくても、女性にはありふれたことです。私もそういうものと闘ってきましたしね。
もちろん彼女だって、そんなことがある社会を少しでも変えていきたいと考えているし、いろんなアクションを取ってもいます。でも、
「身近に、さまざまな機会から排除されてきた女性がヘルパーとしてやってきて、自分自身の怨念をぶつけてきてもいい」
 というわけではありません。「総論賛成各論反対」ではなく、
「一人の人間として身の安全を守りたい」
というだけの話なんです。
そこで彼女は、住居を移しました。割高ですが、男性の管理人が常駐していて、外部からの来訪者はエントランスより中に入れないマンションに。職業キャリアに支えられた経済力があって可能になった選択ですが。
その上で、ヘルパーを全員男性にしたのです。 外部の人の入退場が記録され、自分の住まいへの入退出も監視カメラに記録されるという環境を整えた上で。
もちろん、介護事業所も慎重に選んでいます。そして良好なお付き合いをしています。
しかし、やってくるヘルパーが「人」である以上は、抑止力がなければ何をするか分からない。彼女が女性で、ヘルパーが男性であるなら、なおさらです。
だから彼女は、お金で抑止力を買ったんです。管理体制とセキュリティのしっかりしたマンションの家賃、という形で。

何があれば、彼女は女性のヘルパーに「ドロドロ」されずに気持よく介助を受けることができるんだろう?
リーズナブルな家賃の住まいで、気持よく、無理な働き方をせずに生きていけるんだろう?
彼女の賢明さと選択を、私は支持します。
けれどもなんだか、飲み込めない思いが残ります。
女性の障害者の「介助が必要だから介助を受ける」は、なぜ、こんなに大変なことになるのでしょうか?