みわよしこのなんでもブログ : 読書

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ライター・みわよしこのブログ。猫話、料理の話、車椅子での日常悲喜こもごも、時には真面目な記事も。アフィリエイトの実験場として割り切り、テーマは限定しません。


読書

[特設]山口雄也『「がんになって良かった」と言いたい』抜き書きと感想(6/n)

白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの5回目です。
 私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。




3・ 12 (2017. 3. 12)

 二万人近い人々が今日を迎えられなかったあの出来事から、ちょうど六年が経った。明日が来ることを信じて疑わなかった二万の命が失われた。二万。二〇〇〇〇。あの日、人の背丈を優に超える津波から逃げる人々の姿を、僕はテレビの中の出来事として捉えるので精一杯だった。

 2017年3月12日に書かれた記事です。2011年、東日本大震災の本震と大津波が発生した日から満6年と1日が過ぎた日。

 大抵の人は、死にたくないときに死ぬ。あの日亡くなった二万人のうち、死にたかった人はどれだけいたのだろう。当たり前の日常なんて幻でしかない。

 2011年3月11日に大津波が襲う数分前、私は自宅でパソコンの前で身を固くしていました。当時13歳と12歳だった猫たち(現在はいずれも天国に)が、パソコン画面と私の間に代わる代わる割り込み、私の顔を見て「みゃーっ!」「にゃーっ!」と繰り返しました。「カーチャン、見るのをやめろ!」ということのようでした。
 猫たちは、「じしん」という言葉は知っていました。私はいつも、「ゆらゆら、じしん」という言葉で、猫たちに「ゆらゆらがくる、ねるおへや(寝室、倒れて来るようなものは置いていない)ににげる」と教えていましたから。でも「つなみ」「おおつなみ」という言葉は、猫たちがその日初めて、私のただならない表情とともに耳にする用語だったはず。
 いずれにしても、パソコンの画面の中に映る石巻市、仙台市北部、気仙沼市。私の行ったことのある街の数々に、大津波が迫ろうとしていました。私は猫たちの真剣な表情を見て、パソコンの前を離れました。家族であり共に生きる同志である猫たちが、そこまで「見るのを止めさせなくては」と必死になるのなら、私はそのタイミングで見るべきではないのだと考えました。というわけで、大津波が襲った瞬間はリアルタイムでは見ていません。
 そして、大津波のあとで雪。津波を生きながらえたけれども凍死された方。津波に呑まれず凍死も免れたけれども、何らかの事情で震災に関連して亡くなった方。大自然の前に、人間はあまりにも無力です。
 日本列島は、国全体が活断層の上にあるのも同然です。四季折々の豊かな自然は、四季折々の自然災害と背中合わせです。いつ、何が起こって、それまでの「日常」が失われることになるか。誰もにとって、明日は我が身。

 19歳だった山口さんが、多くの人々と違っていた点は、予後不良のがんを告知されていたことです。

 いつ死んでもいいなんて境地には、自分はおそらく立つことはできない。けれども、今日できることを今日やって、当たり前でない「当たり前」にひとつでも多く気付くことくらいならできそうな気がする。失ってから気付かされるような人生は御免だ。明日が来なかったとして、後悔するような今日を過ごしたくはない。今日が最後になるかもしれないとして、それでいいのかと問い続けていたい。

 今、「今日が最後になるかもしれない」という状況に、日本の多くの人々が直面しているはずです。
 明日、新型コロナ感染症らしい症状が現れるかもしれません。明後日、呼吸困難によって、なんとしても入院させてもらわなくてはならないという状況に陥るかもしれません。その翌日に呼吸器を挿管され、その3日後には死んでいるかもしれません。現在の日本で流行している変異株N501Yは、若く基礎疾患のない人にとっても重症化リスクや死亡リスクが低くはなく、しかも感染力が強いわけですから。

 コロナ禍が発生して以来ずっと、実は、そういう先行き不透明すぎる状況が続いているはずです。というより、もともと先行きは不透明なもので、コロナ禍が顕在化させただけなのかもしれません。東日本大震災のような自然災害と異なるのは、どこが最悪の時点で、どこから少しずつでも希望が見えてくるのか、まったく見えないことです。自然災害だったら、最悪の時点は発災直後です。遅かれ早かれ、不公平や理不尽はあれど、復旧復興へと向かっていくわけですから。

 ともあれ、2017年3月12日の山口さんは、肺の手術を控えていました。

 今朝、起きるといつも通り今日が来ていた。当たり前ではない〝いつも通り〟。  外に出てみると少し肌寒かったけれど、冬ではなく間違いなく春だった。春の匂いがしていた。ふと、肺を切ると言われたのを思い出して、この空気を今のうちに胸いっぱい吸い込んでおかなければいけない気がした。それさえも当たり前ではなくなるから。

 山口さんの文章は繊細で叙情的です。この「3.12」という節は、特に繊細で、特に叙情的です。
 描かれているのは、癌告知を受けて手術を前にしている時点です。
 同時に、昨年と同じように冬の終わりと春のおとずれを迎えている時期です。
 東日本大震災の「あの日」を否応なく想起させられる日の翌日でもあります。
 その3つの異なる時間軸の重なり、そして揺れる思いと感情の動きは、「これ以上繊細に具体的に描くことはできないのではないか」と唸ってしまうほど美しく描き出されています。

 そして私は、毎度のことですが、「もしも山口さんが男性でも京大生でもなかったら」と考えてしまうのを止められません。
 繊細で叙情的な文章、感情や思いが細やかに具体的に描き出された文章が、もしも女性によって書かれたものであったら、繊細さや叙情性や感情描写の具体性は、その文章の価値を高めるでしょうか?  山口さんの一連のツイートは、もはや一つの叙事詩になっています。もしも書き手が女性であったら、詩的な側面はジェンダーと無関係に評価されうるでしょうか?
 私の人生経験は、「そんなことは決してない」と私に語ります。
 20年以上前、会社員だった時の上司(東大卒)は、初めて自部署に迎えた女性総合職の私に対して、何もかもを「女だから」と結びつけようとしました。その結びつけ方はあまりにもくだらないので、ここに具体例を示すのは止めておきます。その元上司は、4歳でモノカキを志した私の文章が巧いからといって「文章が巧いということは内容がウソだということ」としました。文章が巧いから内容がウソだとしたら、文章が巧い研究者やジャーナリストは男性を含めて全員がウソを書いていることになりますね。また、繊細さや叙情性や感情描写についても、ことごとく蔑みや非難の文脈でしか言及されませんでした。そんなものを会社の業務の文章で書くことは決してありませんが、なぜか私の私生活に異様な関心を持っていた元上司は、私がプライベートでやりとりする文書の中身まで把握していたのでした。このような人々は、男女を問わず、世の中にまだまだ多数いるでしょう。女性が女性であるままに、そんなことを言われなくなるためには、「ベストセラー作家」「芥川賞(例)作家」「◯◯大学教授」「インフルエンサー」といった称号を獲得して「名誉男性」になる必要があるのかもしれません。
 私は女性である上に障害が重なりましたから、もう諦めてます。それに、もしも何らかの称号を獲得すると、それまでのネガティブな言動をガラリとポジティブに覆す人々を多数見ることになるでしょう。それは、最も見たくない風景です。

 ともあれ、私は女性として障害者として、山口さんの親であってもおかしくない年齢の人間として、私自身の問題として、山口さんの言葉を大切にしようと思います。
 再掲します。

 明日が来なかったとして、後悔するような今日を過ごしたくはない。今日が最後になるかもしれないとして、それでいいのかと問い続けていたい。


山口雄也さんを応援する方法

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本記事を書いて推薦したくなったコンテンツ

 山口さんの文章を読んで思い浮かべたのは、スティーブ・ジョブスがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチです。

私は17歳のときに「毎日をそれが人生最後の一日だと思って生きれば、その通りになる」という言葉にどこかで出合ったのです。それは印象に残る言葉で、その日を境に33年間、私は毎朝、鏡に映る自分に問いかけるようにしているのです。「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていたことをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、ちょっと生き方を見直せということです。

自分はまもなく死ぬという認識が、重大な決断を下すときに一番役立つのです。(略)
我々はみんな最初から裸です。自分の心に従わない理由はないのです。

 人としてのジョブスをどう評価すべきか。難しいところではあります。俗に「偉い人はエラい人」と言います。出世したり成功したり出来る人は、人間としては「近寄るな危険」であったりします。しかし、歩みから学びうるものは多いと思います。
 というわけで、本・コミック・映画を紹介します。


 

[特設]山口雄也『「がんになって良かった」と言いたい』抜き書きと感想(5/n)

 白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの5回目です。
 私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。




ストレートライン(2017.1.21)

蛇行は許されない。最短距離かつ最速。これが好きだった。

 予後不良のがん告知は、まっすぐに人生を歩んで大学生になった19歳の山口さんにもたらされました。乗り越えられないかもしれない壁が現れたのか。這い上がれないかもしれない谷底に落ちたのか。ともあれ、まっすぐに歩むべき道がなくなりました。
 その衝撃を受け止めた山口さんの中で、「今」の認識が変わっていきました。

 今生きるという行為は未来のための投資だと思っていた。道を外れることは未来を壊滅させるに等しかった。そんなとき、寄り道こそが人生なんだ、と教えてくれた人がいた。何人もいた。
 それぞれ、切り口は全く違った。

 寄り道のあとでの遅まきのキャリア構築を打ち明けてくれた過去の恩師たち。留年歴や浪人歴を打ち明けてくれた、現在通っている大学の教員たち。そして、一浪一留をはじめて息子に打ち明けたお父様。

 私にも、そんな大人が少なからずいたことを思い出します。

 5歳から19歳までピアノを習っていた先生は、私の一浪が決まった時、「私も一浪したのよ」と打ち明けてくれました。現役で東京芸大に不合格。留年しても芸大に合格するかどうか不透明だったけれど、ご両親は「1年あったら私学の学費を貯められるから」と娘を励ましたそうです。そして一浪して武蔵野音大に進学し、優秀な成績で卒業。結婚してピアノ教師となり、子どもたちや生徒の可能性を見出して育むことに能力を発揮されつつ、ときには演奏も。高校生のとき、福岡市で開催された武蔵野音大卒業生の演奏会を聴きにいくと、帰りがけ、福岡市に出来たばかりのホテルニューオータニで晩ごはんをごちそうしてくださいました。ホテルのスパゲティミートソースは、「ボロネーゼ」という名とともに、未知の驚きの味でした。私が東京の大学に進学した後、音楽教育から外国人への日本語教育に転身されました。

 私の二浪が決まると、ピアノの先生の夫君が「僕も二浪だったんだよ」。世界的な人間工学者でした。ピアノを習いはじめたとき、トムソン椅子の高さ調整機能では間に合わないほど身体が小さかった私の尻の下には、夫君の蔵書が高さ調整のためにあてがわれていました。最初は、厚さ10cmくらいありそうな『人類学事典』だった記憶が。5歳の私の身長は年齢相応でしたが、胴が短かったのです。
 浪人時代の私は、女子で四年制大学を志望し、しかも理系、しかも医療系ではなく、しかも浪人。非行少女よりも冷たい視線を浴びていました。
 少年少女の非行は、望ましくはないけれど、ありがちなことです。その後の立ち直りや社会との再統合のルートは、周囲の大人たちがよく知っています。元不良少年少女は、働き者の良きパパやママになることが少なくなりません。周囲の大人たちの中には、元不良少年少女もいますから、メンターには事欠きません。
 でも私は、当時の大人たちにとっては、突然現れたエイリアンか何かだったのでしょう。
 ピアノの先生の夫君は、数ヶ月に一回顔を合わせる程度の関係でしたが、5歳からの私をご存知でした。進路とその後について、ほんの数回ですが、たいへん的確なアドバイスをしてくださいました。

 他にも、そっと手を差し伸べてくれる大人たちがたくさんいました。だから、今があります。

 地道に生きよう。そう強く思った。駆け足もいいけれど、何か美しい景色を見逃してしまいそうな気がする。

 中年をすぎると、こういう境地に達するものだと思います。未来のために今を犠牲にしたって、未来は来ないかもしれない。人生の経験が自分に否応なく教えますから。今を大切に、今の瞬間を味わいながら生きることの集積の上に、もしかして達成が訪れるのならそれはそれで良し、といいますか。

 山口さんは19歳にして、がん告知によって、「挫折」と表現しても全く支障なさそうな状況のもとで、その境地に達しました。競争に勝ち、結果を出すことを重ねてきた人が、競争や結果へのこだわりを捨てて新しい価値を見出すということを、「負け惜しみ」と見る人もいるかもしれません。何よりも、本人の内面からそういう声を払拭することは難しいのではないかと思います。
 でも、山口さんが書かれた文章に、「負け惜しみ」のトーンは感じられません。「勝った」「負けた」を突き抜けたところにある何かに到達したのでしょうね。

 未来のために生きるのではなく、
 今を生きる。

 私はさらに、予備校時代の化学の恩師の言葉を思い出します。

「若者には無限の可能性があるなんて、ウソだ。人間は時間的にも空間的にも有限だ。だけど、限界まで行ってみることには意味がある。そこまで行くことで、初めて見える景色や選択肢があるかもしれない」

 私は、大学は落ちるのに「大学より難しい」と言われる予備校の特待生試験だけは合格する受験生でした。日本は、18歳から20歳くらいまでの年齢で「どこの大学に合格したのか」で一生が決まる社会です。その悔しさに情けない思いをすることは、57歳の現在も時々あります。でも、私が予備校でのさまざまな出会いに恵まれたのは、大学に合格せず予備校の特待生試験にだけ合格したからです。

 ふと「ストレート」の単語を英和辞典で引いてみると、”Live straight"という熟語があった。訳が「地道に生きる」だと知ったとき、必ずしも直線だけがストレートではないのだ、と思い知らされたのだった。

 私は、その出会いや経験や記憶の数々を大切にしてよいのではないでしょうか。「負け惜しみ」と言いたい人はいるでしょうし、嘲笑も冷笑も浴びるでしょう。でも、私が大切にしなければ、誰が大切にするのでしょうか。
 山口さんの文章から、私自身がそういう思いに至りました。

 最後に、余計なことですが、山口さんの言葉の”悪用”に対する牽制をしておきたいと思います。
 「寄り道こそ人生」「地道に生きる」といった言葉、与えられた限界の中で生きることに価値を見出す言葉は、誰が誰にかけるのかによって意味がまったく違ってきます。
 山口さんの言葉は、19歳男子大学生だった山口さんがご自身に向けた言葉です。
 私の化学の恩師の言葉は、男性の予備校講師が理系の受験生男女に向けた言葉です。しかも女子生徒の中には、家庭や周囲の無理解に消耗させられている女子が多数いました。私もその一人でした。
 どちらも、「自分たちが求めるアナタのアナタらしさに埋没し、せいぜい小さな幸せでも見つけておれ」という支配や抑圧のメッセージではありません。
 このことは、どれほど強調しても強調し過ぎにはならないと思います。ここは2021年の日本、国連女性差別撤廃条約の発効から35年以上が経過しているというのに深刻なジェンダーギャップ問題が解決できていない社会です。
 山口さんの言葉を援用して、誰かに「オマエはオレたちの言いなりになっておれ」と迫るような失敬な方々が、どこにも現れませんように。

山口雄也さんを応援する方法

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本記事を書いて推薦したくなった本

 霜山徳爾『人間の限界』(岩波新書)は、さまざまな事情によって限界に直面させられた人間の多様な思いや選択をコンパクトな新書にまとめた書籍です。障害やジェンダーに関する認識には、執筆当時の著者の「人間の限界」そのものが濃厚に現れていますけれども、それを差し引いて読む価値が十分にあります。強くおすすめします。

[特設]山口雄也『「がんになって良かった」と言いたい』抜き書きと感想(4/n)

 白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの4回目です。
 私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。



転生(2016.12.31)

その日は午後から大学に行った。(略)そこには何ら変わらぬ日常があった。僕は患者ではなくただの学生だった。あそこに行くと、いつでも患者をやめられるから、入院した今でもレポートは自分で出しに行っている。歩いて200m。

 「その日」とは、19歳だった山口さんのがんが発見された日のことです。しかも予後がよくないがん。
 患者ではない自分、患者になる前の自分が今も確かにいるということに、すがりつくような思い。

 予後不良の病気になったことがなく、余命宣告されたこともない私が、「わかるような気がする」なんて簡単には言えません。それでも私は、なりたて障害者だった時期の自分を連想します。障害者でも病人でもない自分が維持されていることに、どれほど救われたでしょうか。その部分を維持することに、どれほど固執したことでしょうか。
 患者や障害者になると、周囲は自分を「患者」「障害者」としか見なくなります。より正確に言えば、あらゆる人が「その人にとっての患者像」「その人にとっての障害者像」といったものを持っており、そこに現れた患者や障害者はその像の中に無理やり押し込まれていく感じになります。その場で「やめてください」と声を上げることはできます。ときには、やめてもらうこともできます。でも、その気持ち悪い状況の背景にあるのは、どうしようもないパワーバランスです。結局は、どうにもなりません。私自身、今もときどき耐えられなくなり、死ぬことだけが救いに見えたりします。

 このことを念頭において、山口さんの続く述懐を読むと、「予後不良のがんを告知された若者が受けた衝撃」にとどまらない理解が可能になるかもしれません。

あの日を境に、僕の人生は変わってしまったのだ。大きな音を立てて、何もかもが。

 がんの告知を受けるということは、がん患者界の人になるということです。そうではない自分もいるのに、周囲がそれを認めるとは限りません。「予後不良のがんを宣告された若者らしさ」といったものを勝手に押し付けてきたりする外野が、必ず現れるでしょう。
 おそらく山口さんは、男性であり京大生であるということにより、外野の勝手な思い込みの押し付け(さらに、場合によっては「つけこむ」行為も)などから、言い換えれば目に見えない隔離収容施設から、若干は守られていたのだろうと思います。ご本人も、そんなものに足を取られていたいとは思わなかったことでしょう。それでも、記述のはしばしに若干は、そういった状況がなくはなかったことが現れます。「程度が軽かったのなら、羨ましい」なんて思いません。そんな状況は、誰にも現れてはならないものです。なくさなきゃ。でも、どうやって?

 ともあれ山口さんは、苦悩と逡巡の末、たくさんの他者の助けを得て、自分の状況そのものの中に救いを見出します。

一昔まえにはほとんど治らなかった。今は半数もの人間が生存できる。そこに絶望する理由は全くない。

 自分を、自分が救えるだけ救ってみよう。山口さんが到達したのは、そういう境地であったようです。

山口雄也さんを応援する方法

 ご本人やご家族のために何かしたいというお気持ちを抱かれた方は、どうぞご無理ない形で応援をお願いします。
本記事を書いて推薦したくなった本

 思い浮かべたのは、ナチの絶滅収容所という目に見える隔離収容施設から生き延びたV.フランクルの、「態度価値」という用語です。
 どんな状況においても希望を見出そうとする人間の営みは、それだけで尊いものだと思います。


[特設]山口雄也『「がんになって良かった」と言いたい』抜き書きと感想(3/n)

 白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの3回目です。私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。



戦場の食(2017.1.18)
「ワシがあんたと同じ年の頃はな、自分で考えて行動するいうことができよらんかった。思想も物も何でも統制。今や見てみな、やりたい思たら何でもできよる。無限の可能性がある。それが学生や。生きたいように生きなさい」
 生きたいように生きる。それが叶う時代、叶う国に生きている。そのことを噛みしめなければならない。はっとした。

 この章には、がん病棟で出会った88歳の男性患者と山口さんの交流が描かれています。男性は戦時中、三菱重工で戦車を作っていました。航空隊に志願したものの辞めさせられ、特攻隊に加わることができなかったので生き延びました。戦中の三菱重工の戦車は、戦後、ロケット開発へと変遷していきました。
 観念論ではなくリアルな死に向き合った青少年時代を送った男性との出会いは、山口さんに強い影響を与えます。闘病という戦闘、そして病院という戦場への見方が変わっていきます。

 あの日、最後に彼はこう言っていた。
「飯さえの、死ぬまで食えたら、そらもう御の字じゃわ」
 米など手に入らなかった時代。少ない配給。栄養失調。ヤミ市。友を失い、家族を失い、家を失い。そんな時代を生き抜いたであろう彼の口から出た言葉である。

 間違いなく正義といえるものがあるとすれば、飢えている人に食物を差し出すこと。男性と概ね同世代と思われる故・やなせたかしさんが繰り返した表現を思い出します。

 2021年の今、飢えや栄養失調や家を失うことは、日本のあちこちにある現実となっています。新型コロナウイルス感染症そのものと、目に見えないウイルスが引き起こす社会的経済的状況の変化が、日本のあらゆる場面で、弱い人を選ぶかのように打ちのめしつづけています。

「ワシの役目は終わったけんの。あんたらが日本の未来を作らんと」

 日本の未来とは、その時、日本に生きる人々のことです。
 今、日本の子どもや青少年は、未来を担う人々として充分に大切にされているでしょうか。戦時中と大差ないように思えてなりませんが、戦時中と今の違いは、機能していると言えるかもしれない民主主義が一応は存在し、言論の自由が一応は認められていることです。
 今ある宝物を、今を生きている自分の命ともども、大切にしたいものです。


山口雄也さんを応援する方法


 ご本人やご家族のために何かしたいというお気持ちを抱かれた方は、どうぞご無理ない形で応援をお願いします。
本記事を書いて推薦したくなった本

 やなせたかしさんのご著書は、どれもおすすめできます。

[特設]山口雄也『「がんになって良かった」と言いたい』抜き書きと感想(2/n)

白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの2回目です。私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。




神(2016.12.17)

 19歳でがん宣告を受けた山口さんの述懐より。
「どうして俺ががんにならなきゃいけないんだ」
現在の自分を否定するということは、すなわち一瞬前の自分を否定することであり、一瞬前の自分に起因する「偶然」と「必然」を嘆くということである。
現状自己否定の行為は、あらゆる瞬間にさかのぼって事故を否定することであり、自分自身がこの世に生を受けてから今現在まですごしたあらゆる時間を否定することになる。生まれてこなければがんにならなかったのだから。
僕はそういう生き方をしたくはない。

 山口さんの2倍以上生きている私は、「若いなあ」と溜息が漏れてしまいました。
 当時の山口さんにとっては、現在の自分を否定するということは、帰納的に行き着けるところまで、つまり自分の出生までの自分を否定するということになったようです。
 でも、私はそうではありません。
 たとえば明日の朝、もしも私が二日酔いで目を覚ましたら、前の晩に飲みすぎた自分に「ダメじゃないか」と否定的な思いを持つことくらいはあるかもしれません(’今夜飲んでるわけではありません。念のため)。もしも明日、ストレスから酒に走るようなことになり、さらに一ヶ月後に酒浸りの末に肝臓を悪くしてお医者さんに「もう治りません」と宣告されてしまったら、「ストレスを、もう少しマシなことに向けていればよかった」とメゲることくらいはあるかもしれません(連日鯨飲するような元気はなくなり、ストレスが昂じると囲碁やプログラミングに耽溺するようになってしまいましたので、これも実現しないでしょう。念のため)。でも、生まれたときから50年を超える年月をまるごと否定するようなことは、たぶんしないと思います。
 たくさんの失敗、たくさんの後悔、そしておそらく自分が思っているよりもたくさんの人々のたくさんの寛容によって、今の私があります。失敗から学び、後悔から立ち直り、また失敗して後悔して。黒歴史でしかない経験も多数ありますが、ほのぼのとした愛情あふれる時間もあれば、達成の喜びもあるんですよね。大失敗の末に命を失うところまで追い詰められるといても、過去の人生全部を否定しようという気持ちにはならないと思います。
 ボロボロのつぎはぎ人生ですが、輝いているところもダメなところも含めて自分の人生です。人に見せたくない部分も、みっともないつぎはぎっぷりも含めて大切です。ダメなところのダメぶりについて自責したりすることはあっても、それが全体に及ぶようなことは、今の私にはありません。

 19歳時点の山口さんは、まだ、ボロボロのつぎはぎのような人生を生きる機会に巡り合っていなかったのでしょう。ご著書に現れる過去の歩みからは、土台を作り、積み木を積んで構築物を作り、その上に立ってさらに構築物を作り……という素直な成長のようすが読み取れます。
 その素直な成長の上に、がんと白血病が訪れ、山口さんは一つの到達に至ります。
 
 人に生きる意味なんてものはない。「生きる意味」という空想概念を追い求めようとするからこそ、「生きる意味を見失う」なんてことがあっさりと言えてしまうのである。生きるということ、その行為には意味なんぞ付与することのできない尊さがある。
 何が「生きる意味」だ。何が「不幸」だ。

 「まさにそうだ」と頷くとともに、誰に向けられるかによって意味が全く異なることに注意しなくてはならない文章だと感じました。
 「生きることは、それだけで意義がある」という言葉は、たとえば女性総合職に「結婚退職して専業主婦になれ」というプレッシャーをかける男性管理職が発する言葉でもあったんです。1990年代の話です。今じゃ考えられないかもしれませんが。私は、「生きることにそれだけで意義があり、主婦や母であることがかげがえない喜びであるのなら、なぜ男性会社員の皆さんはそうなさらないのでしょうね?」とにっこり笑って問い返す、まことに可愛げのない態度を貫いていましたが。
 あくまでも、この言葉を発したのは、19歳で男性で大学生だった山口さんです。その言葉が直接に向けられた先は、山口さん自身です。そのことを忘れないようにしつつ、しかし味読したいものです。

生きるということの本質は、この与えられた「運命」を噛み締め、今ここにいるという「奇跡」に歓喜することなのだから。

 今の私は、「まさにそうだ」と思えます。でも、同じ本を同じように読んで「いや自分はまだ充分な達成をしていないし、今のところ、がんでも難病でもないから、そういう満足をしてはいけない」と思うであろう方々が少なからずいるであろうとも思います。
 すべての方々が、誰かか無理やりに与えられたり押し込まれてしまうのではない「生きる歓び」へと、自然にたどりつける成り行きを望みます。


山口雄也さんを応援する方法


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 業田良家『自虐の詩』のヒロインは、山口さんとは対照的な生育歴をたどっています。
 母の顔を知らず、貧困の中で育ち、成人後に結婚した相手はDV男。
 目の回るような混乱とドロドロの中で物語は終盤に達し、ヒロインは「幸か不幸かで人生を計らない」と決意します。
 未読の方はぜひ、一気に最後まで読んでみてください。





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著書です(2009年-)
「おしゃべりなコンピュータ
 音声合成技術の現在と未来」
(共著 2015.4 丸善出版)


「いちばんやさしいアルゴリズムの本」
 (執筆協力・永島孝 2013.9 技術評論社)


「生活保護リアル」
(2013.7 日本評論社)

「生活保護リアル(Kindle版)」
あります。

「ソフト・エッジ」
(中嶋震氏との共著 2013.3 丸善ライブラリー)


「組込みエンジニアのためのハードウェア入門」
(共著 2009.10 技術評論社)

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