みわよしこのなんでもブログ : 2020年08月

みわよしこのなんでもブログ

ライター・みわよしこのブログ。猫話、料理の話、車椅子での日常悲喜こもごも、時には真面目な記事も。アフィリエイトの実験場として割り切り、テーマは限定しません。



2020年08月

[オピニオン]福岡市の商業施設で発生した、少年による殺人事件について

 2020年8月28日、福岡市の商業施設で発生した殺人事件に関して、現時点で気になることをメモしておきます。なお、本記事はnote記事の下書きです。

  • 報道されている事件の概要
 15歳の少年が、商業施設を友人と訪れていた21歳の女性を刺殺した容疑で逮捕された。女性は刺されているところを女子トイレで発見された。
 女性と少年には面識はなかった。
 少年は少年院を出所して更生保護施設にいたが、行方がわからなくなっていた。

  • もしも自分が被害を受けた当事者や当事者家族だったら
 商業施設の女子トイレに男性が入ってきて、いきなり刺されるなんて、怖すぎます。
 家族が楽しそうに出かけていって、そんなふうに殺されてしまうなんて。もしも大切に思っていた家族なら、まず、どうにも受け止められないことでしょう。
 亡くなった方のご冥福と、ご家族のお気持ちの平安を祈ります。
 またご遺族の皆様には、必要な有形無形の支援が滞りなく提供されることを願います。

  • 「もしも自分が容疑者側の当事者だったら」という想像を
 容疑者側にも当事者はいます。
 少年は更生保護施設にいたわけですから、そちらに責任を問う世論が出てくるであろうと推察されます。また、少年院に入る前の家庭に責任を問いたい流れも出てくるかもしれません。
 しかし、罪を犯して刑に服した人は、死刑や仮釈放なしの無期懲役にならない限り、いつか出所します。長期にわたって社会から切り離して閉じ込めておくと、出所後の本人の生活の妨げにもなります。
 特に日本では、「重罰を」「ずっと閉じ込めておけばいい」「死刑に」という世論が簡単に盛り上がりがちです。本当にそれで良いのでしょうか。
 更生保護施設に責任を問う流れになったからといって、簡単に「それじゃ厳重に閉じ込めておきます」という流れにはならないと思います。いずれ、その施設から離れて地域で社会の一員として生きていくにあたり、何が有益で、何が有害か。現場の方々は最もよく知っていることでしょう。まずは、現場の試みを妨げないようにしたいものです。
 少年の家族についても同様です。たとえば、事件に関わったわけでもなく遠因を準備したわけでもないきょうだいが、ある日突然きょうだいの犯罪歴を理由に失職したり、友人や恋人や新しい家族との関係にヒビを入れられたりすることは、残念ながら、よくあることです。
 被害者や容疑者と直接の関係を持たない赤の他人に必要なのは、手当たりしだいに誰かに責任を問わない冷静さではないでしょうか。

  • もしも少年が精神疾患だったら
 私自身は、心神喪失や心神耗弱という例外を認めることに反対の立場です。念のため。以下の記述は、現時点での日本の法と制度に基づくものです。
 少年に精神疾患や精神障害などのある可能性が、報道から匂ってきます。この点も気になります。
 成人であり、なおかつ心神喪失や心神耗弱が認められ「法的責任能力がない」とされる場合、通常の刑事司法手続きから外されることとなります。起訴されず無罪放免になるわけではなく、「触法精神障害者」としての扱いを受けます。一言でいえば、いつ出られるかわからない精神科強制入院です。
 今回の容疑者の少年は、少年なので成人と同様の法的責任能力はありません。なおかつ、心身喪失や心神耗弱によって法的責任能力がないとされる場合、二重の意味で「法的責任能力がない」ということになります。
 このような場合に、刑事司法手続きがどのように判断されて進められるのか、私は詳しくは知りません。「少年かつ精神障害あり」という場合には、医療少年院という選択となることが多いようです。
 いずれにしても、世の中から離れた場所に閉じ込めておくことに関しては、刑務所や精神科病院と同様の課題があります。
 「危ない人や危なそうな人を閉じ込めておけばいい」と考えられがちですし、実際にそうなっている国もありますが、それが安全に結びつくかどうか。いつ、誰が「危なそうな人」とされて閉じ込められたり監視されたりするか分かりません。あなたが危なそうかどうかを決めるのは、あなた自身ではありません。誰かが何かを根拠として決めます。いつもいつも、あなたが「危なそうな人認定」をする側にいられるとは限りません。
 「どこかに閉じ込めておく」という路線は、結局は解決になりそうにないのです。

  • 関心が集中しなさそうな時期ではあるけれど

 幸か不幸か、安倍首相が退陣を表明したばかりのタイミングです。その他にも、過去のさまざまな事件が関心を集めている最中でもあります。この事件に特別な関心が集まる可能性は、あまり高くないと思います。菅義偉氏が次の首相になり、少年犯罪の厳罰化を目玉政策として押し出していくと、そうでもなくなりますが。
 全国的な怒りや処罰感情の盛り上がりは、ないままであってほしいと思います。しかし、いつ、どのような契機で、種火が置かれて油が注がれるか分かりません。感情が盛り上がる前に、過去の同様の事件での世論の盛り上がりを思い起こし、「それで本当に悲惨な犯罪が減った?」と考え直しておきたいものです。
 事実として、凶悪犯罪は、法改正や厳罰化と無関係に減っています。減れば減るほど、それなのに自分の身近な人が犠牲者になってしまった場合の救われなさは増すのかもしれません。
 いずれにしても、自分が動かすことのできる自分の「関心」という資源が大切に使われ、救いのある成り行きとなり、亡くなった女性の身近な方には必要な救済と配慮が行われますように。

[猫のいる生活]夏場の食欲不振対策 ドライフード編

 まだまだ残暑が続きますけれども、秋の気配が見えてきました。
 高齢だったり病気がちだったりする猫と暮らす皆さんは、今年も無事に夏を越せる見通しとなり、ホッとされていることでしょう。
 慢性腎不全もちの高齢猫・瑠(りゅう・12歳)がいる我が家もです。
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 瑠は昨年から、歯を失いはじめました。理想は「全身麻酔かけて抜歯」ですけど、基礎疾患があるため難しく、持続性の抗生物質を注射して様子を見てきました。歯が全部なくなるまで、なんとか凌げそうです。
 それは良いのですが、歯がダメージを受けてても噛んで食べたい瑠の食欲は、7月末の梅雨明けから顕著に不振に。
 ドライフード、ウエットフード、おやつを組み合わせ、瑠の水分とカロリー摂取ぶりに注意を向けつつ、若い咲(4)と灯(3)には適した食事。さらに肥満が目立つ咲のカロリーはなるべく抑えつつ。
 でも3にゃんだと、誰が何を食べたくて実際に食べているか、事実上コントロールできないんですよね。今、流行の「ナッジ」で、「何もしないよりマシ」のレベルを少しずつ高めるくらいが精一杯です。

 さてこの夏、重要性に気付いたことの1つは、「選択肢を並べて、選択は本猫に任せる」ということでした。
 複数のドライフードを混ぜることは、猫の食欲をそそるノウハウとして一般的ですが、混ぜられたフード(腎臓病食2種類(概ね60パーセント)、高齢猫用1種類(概ね30パーセント)、成猫用1種類(概ね10%))の中から「今の気分はコレ」の1種類を口にしようと必死の瑠を見ていて、
「もしかして、混ぜない方がいいのかな?」とヒラメいたのです。

 そこで8月は、同じ皿の中に、なるべく混ざらないように並べてみました。
 
 8月1日。縦ストライプ状に4種類並べました。
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 咲と灯の大好物である煮干しを砕いたものが、少しだけ上にかけてあります。これは咲と灯に対する「お兄ちゃんだけ特別なご馳走を食べているわけではない」というカモフラージュです。
 
 8月7日。同じくフード4種類の縦ストライプ。煮干しトッピングはありません。
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 咲と灯のフードを煮干しまみれにし、「あなたたちの方がご馳走」という演出に切り替えました。また、煮干しがそれほど好きではない瑠を、若猫用フードより自分のフードに引き寄せる作戦でもあります。

 8月14日。出してから数分後。
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 この日は腎臓病療法食の1種類がツボだったようで、それだけ食べられてます。
 もう1種類は大粒で、食べにくそうに見える時があります。この時期は瑠の食欲もあまりなく、硬かったり噛みにくそうな形状の粒はハサミで割ってました。苦労して噛まなくても内側の美味しい成分を味わえるため、食欲増産に役立ったようです。
 翌朝、食器を見てみると、どのフードが昨日嫌われたか分かります。それを参考にして、本日のフードの配合や各々の目立たせ方を考えることができるようになりました。混ぜると、こうはいきません。

 8月17日。円グラフ風に。
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 8月23日。円グラフ風にしたつもりですが、混ざっちゃいました。この頃から、瑠の食欲は回復を見せ始めました。
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 8月30日。成猫用と高齢猫用のフードを下に敷き、その上に腎臓病療法食2種類を混ざらないように並べてます。妹たちと差別してないことを、匂いで示しているわけです。
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 この日の3猫のドライフード。
 左上は咲、右下は灯、右側は瑠。
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 猫ゆえの「飽きる」という問題に、盛り付けの工夫は有効な対策であるようです。
 腎臓病療法食をパクパク食べてくれるからといって、そればかりにすると、2日目や3日目にはほとんど手がつけられず、瑠が咲と灯の成猫用通常食ばかり食べていることに気がついてガックリするわけです。
 高齢猫を含む多頭飼いのお宅は、どちらも、この問題で頭が痛いことでしょう。
 結局は、特定のフードを食べてほしい猫がなるべく自然にそうするように工夫するしかありません。
 盛り付けの工夫が「飽き」対策になるのであれば、「ウチのコが療法食を食べてくれない」という悩みが緩和されるのではないかと思います。「あ、飽きられたな」と思ったら、配合や盛り合わせ方を変えれば済むわけですから。

 今朝の瑠です。
 もう、噛める歯の組み合わせは無くなっているはずですが、残っている歯で噛んで味わって食べてくれました。
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 愛してるよ、瑠。長生きしてね。

 瑠愛用の食器はこちらです。高さが足りない時は本を積み上げ、食器台代わりにしてます。

 現在、瑠が食べているフードとサプリです。フードはなるべく、かかりつけ動物病院で買いましょうね。

[雑感]病気で体調の悪い首相は、退陣しなくてはならないのか?

本日2020年8月28日、安倍晋三首相が辞意を表明したとのことです。理由は、病気による体調不良とのこと。自民党内部でも世の中でも、特段の疑問は示されていません。当然と受け止められています。
 でも私、「あれっ?」と思ったんです。それって当然?
 (本記事はnote記事の下書きを兼ねています)

  • 「わけあり」職業人を排除しない流れ
 まだまだ不十分ですけど、日本は「わけあり」職業人を排除しない方向に進んできました。
 職業人の前提が「男性・健康・18歳~65歳くらい・独身または専業主婦の妻あり」というものであったことは、日本社会からじわじわとパワーを奪ってきました。
 報酬は、仕事そのものに対するだけではなく、その人に扶養されている家族の分まで支払うことになります。社会保険料も。本人が中高年になるころ、家を購入したり子どもが高校や大学に進学したり、そこに親の介護が発生したりします。やたらとお金が出ていく時期を支えるためには、年功序列の高給を支払うしかありません。長期安定雇用が「定年まで会社のモデルに沿って勤め上げれば、家も買えるし、子どもを大学に行かせられるし、老後は年金があるし(これは怪しくなってますが)」という暗黙の約束だった以上、簡単に「今のあなたは、仕事に対して高給すぎるから、出ていけ」と言うわけにはいきません。
 専業主婦の妻を前提にしていると、「妻が働いていて2馬力だから、夫が失職してもなんとかなるだろう」というわけにはいかないし、妻の収入や納税を当てにするわけにもいかないし。
 自公政権と雇用サイドの都合だけを考えても、「男性ではない」「健康ではない」「健常ではない」「出産したり育児したり介護したりする」「高齢」「家庭や家族に対する責任を負っている」といった”わけあり”の人々を職業人の世界から排除することは、メリットが全然なくデメリットだけです。
 どちらかといえば自公政権のもとで不利な扱いを受け、雇用される弱い立場にある人々にとっては、なおさらそうです。
  • 障害のある国会議員もいる
 現在の参議院には、重度障害を持つ2人の議員がいます。「れいわ新選組」の木村英子氏と舩後靖彦氏です。2人は、リクライニング車椅子に乗って介助を受けながら国会議員の役割を果たしています。木村氏の障害は固定したものですが、舩後氏は進行性疾患であるALSを患っています。2人は、「健康かつ健常」というわけではない”わけあり”議員ですが、そうであることが議員としての存在意義の一部をなしています。障害や病気を持つ人々を当事者が代表しているわけですから。
 地方議会でも国会でも、障害や病気を持っている議員が当然の存在になり増加していくこと自体は、問題にできないはずです。もしも問題なら、「妻が働いていて家事育児を担わなきゃ」「出産と育児をしながら仕事はやめない」という議員だってアウトですよね? いずれは「閣僚の1人か2人は障害者または病人」という状態が当然になるのではないかと思います。

  • 「病気だから辞めなくてはならない」ということはないはず
 私自身は、安倍首相を全然支持していません。そもそも、辞める辞めないは本人が決めることです。しかし、「病気で体調が悪いから辞めるのは当然」だとは思いません。
 治療を受けながら、苦痛を緩和しながら、首相の仕事を続ける選択肢はあったはずです。立って歩行したり椅子に座ったりするのが苦痛なのなら、苦痛を緩和できる車椅子で仕事すればいいじゃないですか。国会にはちょうど、木村英子さんや舩後さんという大先輩当事者がいます。相談したら、大喜びで器具選びのアドバイスを提供するのではないでしょうか。
 一国の首相が、車椅子のような補装具をフル活用して介助を受けながら職務を遂行する姿は、決してネガティブなものではなく、むしろ「日本の多様性尊重はタテマエではなく本気です!!」というポジティブなアピールになることでしょう。問題は職務の内容ですけど。

 安倍首相には、「病気と体調から辞めるのが当然」と言うメッセージを発してほしくなかったと思います。2014年、第二次安倍政権下で、日本は国連障害者権利条約の締結国となりました。病気があって体調が悪くても職務を継続しようとすることは、この条約のコンセプトにも適っています。実のところ、実行する気はなく、仕方なく締結した条約なのでしょうけど。

 ともあれ、安倍首相にはゆっくり休養していただきたいものです。
 そして今後の閣僚や国会議員には、「病気だから辞める」「障害者になったから辞める」という選択は本来はしなくて良いものであり、ご自分がそのような”わけあり”議員になったからこそ、日本のあちらこちらにいる”わけあり”の人々を代表できるのだと考えていただきたいものです。

[ニュースクリップ]2020年8月26日の東京新聞朝刊から 

 2020年8月26日の東京新聞(紙フォーマットの電子版)朝刊から、独断と偏見で4記事をピックアップ。なお、本記事はnote記事の下書きを兼ねています。

  • 「廃炉ビジネス」 地元企業 参入進まず(第4面)
 東京新聞の特色の一つでもある「こちら原発取材班」面の記事です。
 敦賀の「原発銀座」の原発が相次いで寿命を迎えたものの、廃炉ビジネスへの地元企業の参入が進まないということ。大きな理由は次の2点。

・長期(20~30年)にわたる作業であるわりに1年あたり10億円程度で儲かりにくい(原子炉回りは別途、高額の報酬で大手企業が受注とのこと)
・工事は細切れにされて発注され、発注時期は開始の1.5ヶ月前。地元企業ではやりくりが間に合わず対応しにくい

 識者コメントとして、英国セラフィールド原子力施設で住民と企業が廃炉について話し合った事例が挙げられています。

私見:これだけ地元企業に不利な条件が揃っていれば、地元企業の参入は進まないでしょうね。意図的に「地元にお金を落とす」という方針のもとで制度を作っても良いのではないかという気がします。
 英国の事例は、先進国のすぐれた事例なのでしょうか。日本で地元の原発に関する話し合いがされてこなかったのは、なぜでしょうか。原発の立地決定や建設にあたって、実質的な話し合いが徹底して排除されてきた経緯から振り返ってほぐす必要はないでしょうか。その地域のその原発の歴史を、あらゆる関係者が集まって検証する必要があるのでは。その時、住民こそ主役ではないでしょうか。

  • 男性育休促進へ給付金増(総合面)
 妻の産後4週間にわたって賃金を100%保証する男性育休を、厚労省が検討中。財源は社会保険料。

私見:制度自体には好感です。しかし、利用できる男性(+その妻子)と利用できない男性(+その妻子)が、くっきり分かれそうです。中小企業で職場や現場にいないと話にならない職種の場合、実質的に利用できないでしょう。間違っても「家庭を持ち子育て出来る階級」「それ以外の階級」の分断につながらないようにしてほしいと思うのですが……日本に期待するのが間違い?


  • 障害者の「みなし雇用」 導入求める声(暮らし面)
 企業が業務を障害者作業所等に委託した場合、発注額の一定比率を障害者雇用率にカウントする「みなし雇用」について、制度化してほしいという声がある。障害者雇用がなかなか進まない企業からは、制度化待望の声が多い。現在すでにある制度には「特例子会社(障害者雇用を主目的とした子会社)」がある。
 障害者の状況に詳しい慶大教授の中島隆信氏は、特例子会社に清掃や単純作業をさせる事例をあげて問題視し、障害者が理解あるスタッフに見守られてマイペースで働ける「みなし雇用」のメリットを挙げる。厚労省は「福祉的雇用から一般雇用への意向が進まなくなる可能性がある」という理由で消極的。

私見: そもそも「なぜ社会面でも経済面でもなく、暮らし面?」という疑問があります。これが日本の現実だと突きつけられて涙が出そうです。いいかげんに、障害者雇用だけを切り出して議論するのではなく、あらゆる雇用や働き方の中に、「障害」という背景のある人の働き方も位置づけて議論しなきゃ。
 新型コロナと緊急事態宣言のもとでは、テレワークしたくても出来ない職種の人々が子どものケアを含めて困惑したわけです。想定外の働き方が文字通り想定外だから、対応できなかったわけですよね。障害者雇用がの想定している内実があまりにも貧弱であることの問題は、その「想定」のメニューを増やすことで解決できる部分もあるかもしれませんが、結局、どのメニューにも当てはまらない人が取りこぼされるだけです。解決されるべき社会課題を見出すとすれば、そこでしょう。


  • 義足の私たち 輝く姿 12人ファッションショー(社会面)

 東京パラリンピック開会日だったはずの8月25日、義足の女性たち12人がファッションショー(無観客)に出演。義足を隠さないファッションショーは、「切断ヴィーナスショー」と呼ばれ、5年前から全国各地で開催されている。12歳で片足を切断して以来、18歳になってこのショーではじめて義足を隠さずに人前に出た女性も。

私見: これまた、個人的にはゲンナリする記事でした。
 メガネも杖も車椅子も義足も補聴器も、その人が生きて暮らすために必要だから、その人とともにある道具ですよね。特別視したりしなかったり、好奇の視線を向けたり向けなかったり、差別の対象にしたりしなかったりするのは、周囲の人々の行為。その人やその道具ではありません。
 私がゲンナリしたのは、記事の見せ方が典型的な「障害の個人モデル」になっている点です。あくまでも「義足を見せるか見せないか」という本人の問題に注目されています。「なぜそれが、イマドキまだ問題になりうるのか」という社会の問題、障害の社会モデル的な問題意識は、少なくとも私から見て「十分に触れられている」とは感じられません。
 障害の社会モデルは世界に出現してから30年以上経過しており、国連障害者権利条約の形になってから10年以上、日本が障害者権利条約を締結してから5年以上経過しています。「いやまだ、紙の新聞の読者さんに読ませるには、こうでなくちゃ」と言われそうですが、2020年現在の日本で、最も人権問題に鋭敏と考えられている全国紙が、なぜこうなんでしょうか。新聞や雑誌、図書館などの社会教育施設、学校教育を含めて、ありとあらゆる教育の怠慢だと思います。
 義足と女性たちについて? サイボーグやロボットが出てくる特撮やアニメに馴染んで育った私にとっては、人間の身体が一部機械であることには特段の感慨はないです。本人がスタイリッシュで高機能なものを選択したければ無条件に可能になってほしいです。日本の公的福祉で交付される範囲だと、もう、ほんっとに貧乏くさいですから。そして、ご本人が見せたいように(見せないことを含めて)見せればいい。その阻害要因となっているのは、「公費なんだから、ダサくて最低限の補装具で我慢しなさい」という論理がまかり通ってしまいがちなことであったり、好奇の視線を含めて差別がまったく容認されている日本人と日本の制度であったり、そもそも日本の法律に差別の定義が存在しないことです。
 私はカッコいい障害者イメージよりも、そういった基本的な社会課題をどうにかすることの方に関心があります。でも、新聞や新聞の読者さんたちは違うようですね。

  • ウンザリしながらも
 紙の新聞の作り手と読み手が考えているニュース記事の重み付け、その人々の見方や考え方を知るために、紙の新聞はやはり捨てがたいものです。
 ウンザリする日があるからといって購読を止めることはありません。余裕があれば、東京新聞に加えて日経新聞、さらに余裕があれば、朝日・毎日・読売のどれかを月替りで購読とかしてみたいものです。やはり紙フォーマットの強みってありますから。
 私が生きてる間に、新聞にうんざりする日がなくなるか。それとも、新聞がなくなるか。
 知ーらないっ、と。


[雑感]京都ALS嘱託殺人に関連した記事や発言をしばらく読まない宣言

 2019年11月、京都市に在住していたALS患者の女性(当時51歳)を嘱託殺人した疑いで、2020年7月23日に医師2名が逮捕されました。
 それから1ヶ月が経過したわけですが、私は日に日に、報道や障害者団体の発言等の一部に耐えられなくなってきました。
 8月20日ごろ、記事や声明を見ていると苦痛で泣き叫びそうになり、「限界だ」と感じました。読むと心と精神をタコ殴りされ、口や手に見えない猿ぐつわや見えない手錠がかけられようとしているような気持ちになってくるのです。
 私は障害者です。「障害者だから言うべき」も「障害者だから言ってはならない」も、あってはなりません。しかし、期待されることを言わずタブー発言を口にすることは、「障害者としては生きていけなくなる」、すなわち生きていけなくなることにつながりかねません。そういう世界に自分が閉じ込められていることを、思い知らされつづけているのです。


理由1 報道が寄ってたかって介護者支援者像を作ってないか?

 報道が開始された当初から、「なんだか怪しい」と感じていました。世論が介護事業者やヘルパーの責任を問う方向へと流れないように、報道が先手を打っている印象を受けたからです。
 亡くなった林優里さんは、「死にたい」という思いやヘルパーによる苦痛を、ブログツイートに書き残していました。
 最初に「怪しい」と感じたのは、介護事業者など支援者側が、林さんのブログやツイートを「知らなかった」としているという報道を見かけたときです。「なぜ、わざわざ、そんなことを書くかなあ?」と思いましたよ。そもそも、不自然すぎる話です。
 役所の福祉部門も介護事業所等も、障害者や生活保護利用者によって自分たちの悪口が書かれていないかどうか、けっこう神経を尖らせているものです。

 私なんて、誰にも存在を話していない英文のブログに書いた杉並区障害福祉とのゴタを書いた3日くらい後、「そんなことを書くと、今のわずかな障害者福祉もなくなるぞ」と圧力かけられたことがありますよ。居住している杉並区の区役所ではなく、区役所が強引に押し付けた訪問医療の作業療法士からでしたけど。2007年から2008年にかけての話です。

 全くチェックしていないとしたら、危機管理の観点からいって、ちょっと問題ありそうに思えます。「サービスや制度の利用者に自分の悪口を書かれる」という恐れもあるでしょう。虐待やハラスメントなら、そういう書かれて困ることは最初からしなければいいんですけどね。逆に「組織や上司の目のとどかないところで、末端の従業員が何をしているかわからない」という恐れから、ある程度の”エゴサ”を行い、利用者が公開している文書をチェックするのは、非常に自然です。
 林さんの場合は、「京都市」「ALS」「24時間介護」「女性」あたりから、ブログやSNSアカウントを簡単に突き止められたはず。介護事業所との関係の中での救いのないストーリーを、結末が救いのないままながら希望のもてる書きぶりで締めくくっていたりするあたり、実際に起こっている虐待的な扱いをマイルドにしているように思える書きぶりなどから、介護者・支援者の目や反応を意識していた可能性が見受けられます。
 もちろん、メールやSNSメッセージのやりとりを介護者や支援者が知るのは、好ましくありません。ましてや安楽死の相談となると、林さんは見せない努力をして成功していた可能性が高いと思われます。
 ブログやSNSアカウントの存在や内容に関して、報道の数々に紹介された支援者や介護者の言葉は、非常に不自然な点が目立ちます。フツーの健常者は疑問を持たないかもしれないけど、障害当事者でありモノカキ稼業23年目の私を、煙に巻けるとは考えないでほしいです。そもそも報道が解禁されはじめてから数日間の記事は、締切時間とコメントが取られたと考えられる時間帯とコメントの主だけで「怪しすぎる」ものがいくつも。
 最大の疑問は、「なぜ、そんなことを?」「なぜ、ここまで?」でした。今もそうです。


理由2 なんのために、介護者や支援者の像を作らなくてはならないのか

 まず、「ケアマネの横暴やヘルパーによる虐待の可能性に注目されたくない」という至極当然の理由は、そりゃまあ、あるでしょうね。ただ、それは単純に「不適切な対応や虐待があったら都合が悪い」という話でもないと思われます。
 自分自身の記事でさんざん書いてきていますが、そもそも介護業界には深刻な人材不足があります。仕事と責任の重さに見合う給料じゃないですから。最低賃金よりは相当高いけど、コンビニやスーパーが人手不足から時給を上げれば簡単に抜かれる時給です。2019年は、1人のヘルパーさんを14.5件の求人が奪い合う状況でした。さらに、高齢者福祉よりも障害者福祉、障害者福祉の中でも医療的ケアを伴う分野だと、さらに深刻な人材難になります。
 ALSの介助は、特別な技術をいくつか身につけ、さらに各患者さんに個別対応する必要があります。しかし、長期にわたって腕を磨きながらキャリアを継続できる可能性もあります。私の直接知る範囲に、キャリアアップして介護事業所の経営に至った女性もいます。「介護は給料が安くて悪条件で不安定な仕事」という”常識”の例外を生み出しやすかった障害分野の一つは、ALSの介助だったりしました。ヘルパー資格を持っていない人の登用をやりやすくする仕組みも、長年かけて作られてきました。
 それでも深刻な人材難。厚労省の報酬削減の影響がないわけはありません。「人であればなんでもいい」という採用をせざるを得ない場面も増えてきているようです。それで「虐待があるわけない」と言われたって、信じられません。
 とはいえ、世の中や患者さんたちに「そんな介護を受けて暮らすしかないのなら、もう死んだほうがいい」と思われてしまったら、今までの蓄積まで失われてしまいます。24時間介助を受けて地域生活をする重度障害者を増やし、そのポジティブなイメージを広報していけば、人材難が解消されてヘルパーの質も上がるかもしれません。良心的な支援者たちや介助者たちが、それを何とか目指し続けようとしているのは私にも分かります。
 が、その路線に報道が沿い続けていいんでしょうか。広報ではなく報道であることの意義は、どこにあるのでしょうか。現状を伝えながら、ポジティブな事実もあることは伝えながら、しかし虐待の可能性に蓋をせず、介護や介助に関する構造的な問題を解決する方向に世論を動かしていく方向性はあるのではないでしょうか。
 私は、心ある報道陣の一部がそういう動きをしていると見ていました。それに期待していました。でも、今後も期待していいんでしょうか。「たぶん無理だろう」と絶望的な気持ちになっています。
 ALSの介助に関わっている数少ない介護事業所や支援団体や当事者団体は、取材にあたって情報源の中心にならざるを得ません。その意向に沿わない取材や報道は、「やってもいいけど出禁覚悟」ということになるでしょう。政治スキャンダルなら、ときには公益のために、信用させておいて裏切ることもありえます。しかし、このケースで「公益」とは? ALSの介護に関わっている数少ない事業所を減らし、虐待はするけれど仕事は一応するヘルパーを退場させると、「公益」どころではなくなるでしょう。しかしながら、障害者虐待の可能性に蓋をすることも「公益」ではないでしょう。




理由3 「死人に口なし」とは言うけれど


 私が報道に接することに耐えられなくなっていったのは、2020年8月5日の京都新聞記事『ALS女性嘱託殺人事件報道について、日本自立生活センター記者会見全文』を読んだ時が決定的な契機だったと思います。
 会見した障害当事者スタッフ3名のうち、大藪光俊さんと増田英明さんには直接の面識があります。私は、増田さんの言葉に、なんといいますか。立ち上がれないくらい打ちのめされてしまいました。

私たちは生きることに一生懸命です。安楽死や尊厳死を議論する前に、生きることを議論してください。

 私自身の記事での立場は一貫しています。今の日本には、安楽死や尊厳死を云々する前提がありません。なぜなら、「安楽生」「尊厳生」が無条件に保障されているわけではないからです。生きることに関する多数の魅力的な選択肢があり、どれも容易に選ぶことができ、それよりやや選びにくい位置に「安楽死」「尊厳死」があること。それが、明日も生きる選択の代わりに「安楽死」「尊厳死」を選択できるための最低条件でしょう。「生きる選択が事実上出来ないから死ぬ選択を」というのなら、社会全体で自殺幇助しているのも同然です。この点では、増田さんとの意見の相違はないと思います。

そしてヘルパーさんや経営者のみなさんにエールを送ってください。おねがいします。


 エールだけじゃ無理です。同情するなら人間らしい暮らしが営める報酬を。そういう経営が無理ゲーにならない環境整備を。もちろん、増田さんを含む日本の重度障害者たちは、そのために闘ってきています。しかし、この文は何のためにあるのか。次の文を読むと浮かび上がってきます。

安易に彼女の言葉や生活が切り取られて伝えられることや、そうやって安楽死や尊厳死の議論に傾いていくことに、警鐘を鳴らしてきました。いま私たちの間には静かな絶望が広がっています。


 林さんが書き残した程度も内容もさまざまな苦痛の数々は、そう安易に切り取れるものではありません。時系列的にも内容的にも、矛盾がありません。全体を踏まえながらどこかを切り取ると、「つまみ食い」になりようがありません。論理的に「だから生き続ける選択はなく、安楽死しかない」という結論が導かれます。私は、林さんのその明晰な思考を否定したいとは思えないんですよ。それはそれで尊重したいです。そして、「だから安楽死しかない」という結論を導く前提条件や仮定を突き崩したいです。というか、何があれば死ななくてよいのか、林さん自身が見抜いていました。介護報酬を高めること。他の仕事にも就ける人が誇りをもって介護職に就けるように地位を高めること。ツイートに繰り返し出てますよ。アケスケに書いてはありませんが、それで介護業界に「良貨が悪貨を駆逐」が起これば、解決になるでしょうね。実はリーマン・ショック後の2~3年間、現実になりかけていました。
 「虐待に甘んじていなくてはならないのはイヤだ」という林さんの魂の叫びが浮かび上がってくるような記述の数々を、なぜ、障害当事者や介護や支援に関わる人々が、よってたかって掻き消さなくてはならないのでしょうか。「死人に口なし」にしてしまうのでしょうか。そうなってしまう背景は、ある程度は分かるつもりです。それだけに、私は深く深く絶望します。

 私の仲間はこの報道を聞いて、自分がどうしていいのかわからなくなったといいました。支援者もこの事件や報道に傷つきながら、わたしたちを支えてくれています。


 福祉・介護・医療のパターナリズムは、障害者だけで話をするとき、「あいつら最悪」という形で語られることが多いものです。しかし障害者が抵抗して声をあげようとすると、うまいこと”回収”されてしまうんですよね。「私たちも、もう少し考えなくてはなりませんね」「私たちも、そういうお気持ちを理解できるようにならなくてはなりませんね」などと。
 私は「こういう言動がイヤだからやめてほしい」と言いたいだけです。それは膨大なリストになるようなものではなく、重要なものに絞れば10項目以下になりそうなものです。でも、それを聞いてもらえたことがありません。そういう話にしようとすると「その前に相互理解が」とか言われて、さらにすり減り、絶望して離れていくことの繰り返しです。あまりにも同じパターンが繰り返されるので、「相手が意図的に、こちらの消耗と絶望を誘起しようとしている」と考えるようになりました。
 増田さんの仲間の当事者の方の「自分がどうしていいのかわからなくなった」という言葉。私も、どうすればよいのかわかりません。でも、現状がおかしいのは、はっきりしています。このおかしな現状を変えなくてはなりません。

彼女のひとつだけの言葉をとって、安楽死や尊厳死の議論に結びつける報道は、生きることや、それを支えることにためらいを生じさせます。いまこの事件をしって傷ついているひとたちに、だいじょうぶ、生きようよ、支えようよ、あきらめないでと伝えて、応援してほしいです。生きていく方法は何通りも、百通りだってあります。ひとの可能性を伝えるマスメディアの視点を強くもとめます。

 
 増田さん。なぜ、そうなるのでしょう? 
 生きることに向かおうという方向は、私も同じくしているつもりです。
 でも、生きる方法や可能性を探る前に、苦痛を取り除かなくていいんですか? 
 少なくともご本人が虐待だと感じていて、読んだ私や友人の障害者たちが「これ虐待だよね」「これだったら私だって死にたくなる」と感じるようなことを、まず止めさせるべきではないのですか?
 そこに女性というジェンダーや、「にもかかわらず」の高学歴や過去の職業キャリアが絡んでいて、苦痛が除去しがたいものになっているとすれば、まず、女性であっても高学歴であっても職業キャリアがあっても快適に今を生きられるようにすべきなのであって、その阻害要因を除去するべきではないのですか? 
 現実の問題として、阻害要因を除去したら抱き合わせで支援が除去されてしまい、生きていけなくなるわけです。その現実に正面から向き合って環境を変えなければ、いつまでもこのままになるのではないのですか?

 私は、その可能性に向かうメディアの一員であろうとしています。
 が、毎日のように「これでもか、これでもか」と繰り返されるポジティブ重度障害者ライフキャンペーンに、ぶちのめされてしまいました。
 ポジティブ要因が悪いと言いたいわけではありません。虐待や差別といったネガティブ要因に蓋をせずにポジティブキャンペーンを展開することだって出来るはずだと言いたいのです。

私は疲れ果て、絶望しています

 ともあれ、私はぶちのめされてしまいました。
 ことさらに誇示されるかのような、ポジティブ重度障害者ライフの数々に。
 「安楽死上等」という意見だって人の意見であり、それも尊重してこその言論の自由なのに、「言ってはならない」と言わんばかりの識者の声の数々に。
 立場の弱い人の主張を支えて拡大する方向や、誰もが自分の言論の自由を行使出来る方向に向かっているとはいえない、本件の報道の数々に。
 虐待や差別や排除が「ある」という事実を認めて無くすのではなく、「つながり」「共生」「包摂」といった実体不明の言葉で明るい将来像が示され続けることに。
 絶望しました。疲れ果てました。
 しばらく本件から離れていようと思います。
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