白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの5回目です。
 私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。




ストレートライン(2017.1.21)

蛇行は許されない。最短距離かつ最速。これが好きだった。

 予後不良のがん告知は、まっすぐに人生を歩んで大学生になった19歳の山口さんにもたらされました。乗り越えられないかもしれない壁が現れたのか。這い上がれないかもしれない谷底に落ちたのか。ともあれ、まっすぐに歩むべき道がなくなりました。
 その衝撃を受け止めた山口さんの中で、「今」の認識が変わっていきました。

 今生きるという行為は未来のための投資だと思っていた。道を外れることは未来を壊滅させるに等しかった。そんなとき、寄り道こそが人生なんだ、と教えてくれた人がいた。何人もいた。
 それぞれ、切り口は全く違った。

 寄り道のあとでの遅まきのキャリア構築を打ち明けてくれた過去の恩師たち。留年歴や浪人歴を打ち明けてくれた、現在通っている大学の教員たち。そして、一浪一留をはじめて息子に打ち明けたお父様。

 私にも、そんな大人が少なからずいたことを思い出します。

 5歳から19歳までピアノを習っていた先生は、私の一浪が決まった時、「私も一浪したのよ」と打ち明けてくれました。現役で東京芸大に不合格。留年しても芸大に合格するかどうか不透明だったけれど、ご両親は「1年あったら私学の学費を貯められるから」と娘を励ましたそうです。そして一浪して武蔵野音大に進学し、優秀な成績で卒業。結婚してピアノ教師となり、子どもたちや生徒の可能性を見出して育むことに能力を発揮されつつ、ときには演奏も。高校生のとき、福岡市で開催された武蔵野音大卒業生の演奏会を聴きにいくと、帰りがけ、福岡市に出来たばかりのホテルニューオータニで晩ごはんをごちそうしてくださいました。ホテルのスパゲティミートソースは、「ボロネーゼ」という名とともに、未知の驚きの味でした。私が東京の大学に進学した後、音楽教育から外国人への日本語教育に転身されました。

 私の二浪が決まると、ピアノの先生の夫君が「僕も二浪だったんだよ」。世界的な人間工学者でした。ピアノを習いはじめたとき、トムソン椅子の高さ調整機能では間に合わないほど身体が小さかった私の尻の下には、夫君の蔵書が高さ調整のためにあてがわれていました。最初は、厚さ10cmくらいありそうな『人類学事典』だった記憶が。5歳の私の身長は年齢相応でしたが、胴が短かったのです。
 浪人時代の私は、女子で四年制大学を志望し、しかも理系、しかも医療系ではなく、しかも浪人。非行少女よりも冷たい視線を浴びていました。
 少年少女の非行は、望ましくはないけれど、ありがちなことです。その後の立ち直りや社会との再統合のルートは、周囲の大人たちがよく知っています。元不良少年少女は、働き者の良きパパやママになることが少なくなりません。周囲の大人たちの中には、元不良少年少女もいますから、メンターには事欠きません。
 でも私は、当時の大人たちにとっては、突然現れたエイリアンか何かだったのでしょう。
 ピアノの先生の夫君は、数ヶ月に一回顔を合わせる程度の関係でしたが、5歳からの私をご存知でした。進路とその後について、ほんの数回ですが、たいへん的確なアドバイスをしてくださいました。

 他にも、そっと手を差し伸べてくれる大人たちがたくさんいました。だから、今があります。

 地道に生きよう。そう強く思った。駆け足もいいけれど、何か美しい景色を見逃してしまいそうな気がする。

 中年をすぎると、こういう境地に達するものだと思います。未来のために今を犠牲にしたって、未来は来ないかもしれない。人生の経験が自分に否応なく教えますから。今を大切に、今の瞬間を味わいながら生きることの集積の上に、もしかして達成が訪れるのならそれはそれで良し、といいますか。

 山口さんは19歳にして、がん告知によって、「挫折」と表現しても全く支障なさそうな状況のもとで、その境地に達しました。競争に勝ち、結果を出すことを重ねてきた人が、競争や結果へのこだわりを捨てて新しい価値を見出すということを、「負け惜しみ」と見る人もいるかもしれません。何よりも、本人の内面からそういう声を払拭することは難しいのではないかと思います。
 でも、山口さんが書かれた文章に、「負け惜しみ」のトーンは感じられません。「勝った」「負けた」を突き抜けたところにある何かに到達したのでしょうね。

 未来のために生きるのではなく、
 今を生きる。

 私はさらに、予備校時代の化学の恩師の言葉を思い出します。

「若者には無限の可能性があるなんて、ウソだ。人間は時間的にも空間的にも有限だ。だけど、限界まで行ってみることには意味がある。そこまで行くことで、初めて見える景色や選択肢があるかもしれない」

 私は、大学は落ちるのに「大学より難しい」と言われる予備校の特待生試験だけは合格する受験生でした。日本は、18歳から20歳くらいまでの年齢で「どこの大学に合格したのか」で一生が決まる社会です。その悔しさに情けない思いをすることは、57歳の現在も時々あります。でも、私が予備校でのさまざまな出会いに恵まれたのは、大学に合格せず予備校の特待生試験にだけ合格したからです。

 ふと「ストレート」の単語を英和辞典で引いてみると、”Live straight"という熟語があった。訳が「地道に生きる」だと知ったとき、必ずしも直線だけがストレートではないのだ、と思い知らされたのだった。

 私は、その出会いや経験や記憶の数々を大切にしてよいのではないでしょうか。「負け惜しみ」と言いたい人はいるでしょうし、嘲笑も冷笑も浴びるでしょう。でも、私が大切にしなければ、誰が大切にするのでしょうか。
 山口さんの文章から、私自身がそういう思いに至りました。

 最後に、余計なことですが、山口さんの言葉の”悪用”に対する牽制をしておきたいと思います。
 「寄り道こそ人生」「地道に生きる」といった言葉、与えられた限界の中で生きることに価値を見出す言葉は、誰が誰にかけるのかによって意味がまったく違ってきます。
 山口さんの言葉は、19歳男子大学生だった山口さんがご自身に向けた言葉です。
 私の化学の恩師の言葉は、男性の予備校講師が理系の受験生男女に向けた言葉です。しかも女子生徒の中には、家庭や周囲の無理解に消耗させられている女子が多数いました。私もその一人でした。
 どちらも、「自分たちが求めるアナタのアナタらしさに埋没し、せいぜい小さな幸せでも見つけておれ」という支配や抑圧のメッセージではありません。
 このことは、どれほど強調しても強調し過ぎにはならないと思います。ここは2021年の日本、国連女性差別撤廃条約の発効から35年以上が経過しているというのに深刻なジェンダーギャップ問題が解決できていない社会です。
 山口さんの言葉を援用して、誰かに「オマエはオレたちの言いなりになっておれ」と迫るような失敬な方々が、どこにも現れませんように。

山口雄也さんを応援する方法

 ご本人やご家族のために何かしたいというお気持ちを抱かれた方は、どうぞご無理ない形で応援をお願いします。
本記事を書いて推薦したくなった本

 霜山徳爾『人間の限界』(岩波新書)は、さまざまな事情によって限界に直面させられた人間の多様な思いや選択をコンパクトな新書にまとめた書籍です。障害やジェンダーに関する認識には、執筆当時の著者の「人間の限界」そのものが濃厚に現れていますけれども、それを差し引いて読む価値が十分にあります。強くおすすめします。