白血病との闘いを続けている京大大学院生・山口雄也さん(Twitter: @Yuya__Yamaguchi)のご著書、『「がんになって良かった」と言いたい』から抜き書きして、自分のメモを記すシリーズの2回目です。私は Amazon Kindle 版を購入しましたが、紙の書籍もあります。




神(2016.12.17)

 19歳でがん宣告を受けた山口さんの述懐より。
「どうして俺ががんにならなきゃいけないんだ」
現在の自分を否定するということは、すなわち一瞬前の自分を否定することであり、一瞬前の自分に起因する「偶然」と「必然」を嘆くということである。
現状自己否定の行為は、あらゆる瞬間にさかのぼって事故を否定することであり、自分自身がこの世に生を受けてから今現在まですごしたあらゆる時間を否定することになる。生まれてこなければがんにならなかったのだから。
僕はそういう生き方をしたくはない。

 山口さんの2倍以上生きている私は、「若いなあ」と溜息が漏れてしまいました。
 当時の山口さんにとっては、現在の自分を否定するということは、帰納的に行き着けるところまで、つまり自分の出生までの自分を否定するということになったようです。
 でも、私はそうではありません。
 たとえば明日の朝、もしも私が二日酔いで目を覚ましたら、前の晩に飲みすぎた自分に「ダメじゃないか」と否定的な思いを持つことくらいはあるかもしれません(’今夜飲んでるわけではありません。念のため)。もしも明日、ストレスから酒に走るようなことになり、さらに一ヶ月後に酒浸りの末に肝臓を悪くしてお医者さんに「もう治りません」と宣告されてしまったら、「ストレスを、もう少しマシなことに向けていればよかった」とメゲることくらいはあるかもしれません(連日鯨飲するような元気はなくなり、ストレスが昂じると囲碁やプログラミングに耽溺するようになってしまいましたので、これも実現しないでしょう。念のため)。でも、生まれたときから50年を超える年月をまるごと否定するようなことは、たぶんしないと思います。
 たくさんの失敗、たくさんの後悔、そしておそらく自分が思っているよりもたくさんの人々のたくさんの寛容によって、今の私があります。失敗から学び、後悔から立ち直り、また失敗して後悔して。黒歴史でしかない経験も多数ありますが、ほのぼのとした愛情あふれる時間もあれば、達成の喜びもあるんですよね。大失敗の末に命を失うところまで追い詰められるといても、過去の人生全部を否定しようという気持ちにはならないと思います。
 ボロボロのつぎはぎ人生ですが、輝いているところもダメなところも含めて自分の人生です。人に見せたくない部分も、みっともないつぎはぎっぷりも含めて大切です。ダメなところのダメぶりについて自責したりすることはあっても、それが全体に及ぶようなことは、今の私にはありません。

 19歳時点の山口さんは、まだ、ボロボロのつぎはぎのような人生を生きる機会に巡り合っていなかったのでしょう。ご著書に現れる過去の歩みからは、土台を作り、積み木を積んで構築物を作り、その上に立ってさらに構築物を作り……という素直な成長のようすが読み取れます。
 その素直な成長の上に、がんと白血病が訪れ、山口さんは一つの到達に至ります。
 
 人に生きる意味なんてものはない。「生きる意味」という空想概念を追い求めようとするからこそ、「生きる意味を見失う」なんてことがあっさりと言えてしまうのである。生きるということ、その行為には意味なんぞ付与することのできない尊さがある。
 何が「生きる意味」だ。何が「不幸」だ。

 「まさにそうだ」と頷くとともに、誰に向けられるかによって意味が全く異なることに注意しなくてはならない文章だと感じました。
 「生きることは、それだけで意義がある」という言葉は、たとえば女性総合職に「結婚退職して専業主婦になれ」というプレッシャーをかける男性管理職が発する言葉でもあったんです。1990年代の話です。今じゃ考えられないかもしれませんが。私は、「生きることにそれだけで意義があり、主婦や母であることがかげがえない喜びであるのなら、なぜ男性会社員の皆さんはそうなさらないのでしょうね?」とにっこり笑って問い返す、まことに可愛げのない態度を貫いていましたが。
 あくまでも、この言葉を発したのは、19歳で男性で大学生だった山口さんです。その言葉が直接に向けられた先は、山口さん自身です。そのことを忘れないようにしつつ、しかし味読したいものです。

生きるということの本質は、この与えられた「運命」を噛み締め、今ここにいるという「奇跡」に歓喜することなのだから。

 今の私は、「まさにそうだ」と思えます。でも、同じ本を同じように読んで「いや自分はまだ充分な達成をしていないし、今のところ、がんでも難病でもないから、そういう満足をしてはいけない」と思うであろう方々が少なからずいるであろうとも思います。
 すべての方々が、誰かか無理やりに与えられたり押し込まれてしまうのではない「生きる歓び」へと、自然にたどりつける成り行きを望みます。


山口雄也さんを応援する方法


 ご本人やご家族のために何かしたいというお気持ちを抱かれた方は、どうぞご無理ない形で応援をお願いします。
本記事を書いて推薦したくなった本

 業田良家『自虐の詩』のヒロインは、山口さんとは対照的な生育歴をたどっています。
 母の顔を知らず、貧困の中で育ち、成人後に結婚した相手はDV男。
 目の回るような混乱とドロドロの中で物語は終盤に達し、ヒロインは「幸か不幸かで人生を計らない」と決意します。
 未読の方はぜひ、一気に最後まで読んでみてください。