昨晩は22時過ぎにベッドに入り、7時間ほど寝ていったん目覚めたのですが、さんざんな初夢を見ました。
私は書店にいました。周囲には、知り合いが何人かいました。
こちらは本音では「親しくしたい」とは思っていないのだけど、向こうが親しくしたがり、断りにくいので一緒にいる、という感じの関係です。ほとんどが男性でした。
私は目の前にある、読みたい書籍を手に取ろうとしていました。
すると、その瞬間に、周囲の知り合いの一人が「この本がいいと思うんだよね」と私の関心をそっちに引こうとします。
こちらは本音では「親しくしたい」とは思っていないのだけど、向こうが親しくしたがり、断りにくいので一緒にいる、という感じの関係です。ほとんどが男性でした。
私は目の前にある、読みたい書籍を手に取ろうとしていました。
すると、その瞬間に、周囲の知り合いの一人が「この本がいいと思うんだよね」と私の関心をそっちに引こうとします。
適当に応答して自分の手に取りたい本を手に取ろうとしたら、別の一人が、また……。
うんざりして、涙ぐみながら目覚めました。
それらの本には、間違いなく、見るべきところはあるのでしょう。
読めば確実に、何かを得ることができるのでしょう。
でも、私が読みたいのは、それらの本ではないんです。
読めば読んだで、その人たちは、その本を「共通の話題」として自分の話を聞かせたがるでしょう。
私は相槌を打って拝聴することを求められ、相手の気に入るように「自分の感想」を言うことを暗に陽に求められるでしょう。
もう、そんなこと、通常の人間の一生分の何倍かはやった気がする。
そんなふうに何かを読まされるのは、今後は、もう1ページでもチラシ1枚でもイヤだ。
私は、自分の読みたい本を読みたい。
うんざりして、涙ぐみながら目覚めました。
それらの本には、間違いなく、見るべきところはあるのでしょう。
読めば確実に、何かを得ることができるのでしょう。
でも、私が読みたいのは、それらの本ではないんです。
読めば読んだで、その人たちは、その本を「共通の話題」として自分の話を聞かせたがるでしょう。
私は相槌を打って拝聴することを求められ、相手の気に入るように「自分の感想」を言うことを暗に陽に求められるでしょう。
もう、そんなこと、通常の人間の一生分の何倍かはやった気がする。
そんなふうに何かを読まされるのは、今後は、もう1ページでもチラシ1枚でもイヤだ。
私は、自分の読みたい本を読みたい。
昨晩は、ヘンデルの「メサイア」を聴きながら寝ました。
合唱団で何回も歌ったことあるのに、合唱パートでさえ、忘れてる部分が多いことに愕然としました。
「自分の聴きたい曲を、ゆっくり聴く」が可能な場面が少なくて、そういう時間があったら、たいていはドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を聴いてました。自分にとっては本当に譲れない、人生そのもののようなこだわりの対象ですから。
たぶん、「メサイア」を全曲通して聴こうとしたのは30年以上ぶりです。
「自分の聴きたい曲を、ゆっくり聴く」が可能な場面が少なくて、そういう時間があったら、たいていはドビュッシーの「ペレアスとメリザンド」を聴いてました。自分にとっては本当に譲れない、人生そのもののようなこだわりの対象ですから。
たぶん、「メサイア」を全曲通して聴こうとしたのは30年以上ぶりです。
ここ30年ほどの私、周囲との人間関係に「波風を立てる人」とされずにいようとして、好きなもの、好きだったものに接する時間の確保を犠牲にしてきました。
そして、逆に良いともなんとも思ってないものに愛想笑いしなきゃいけませんでした。
特にここ数年、そういう機会が増えました。そういう機会のいくつかを思い浮かべて涙ぐみながら、深く深く二度寝し、午前9時ごろ起きました。
そして、逆に良いともなんとも思ってないものに愛想笑いしなきゃいけませんでした。
特にここ数年、そういう機会が増えました。そういう機会のいくつかを思い浮かべて涙ぐみながら、深く深く二度寝し、午前9時ごろ起きました。
こんな夢を見てしまう原因の方に、今年は手を付けないと。
今日は、故・悠(1998-2013)の月命日です。
今日は摩耶(17歳7ヶ月15日)が大変元気です。
まず、もちろん、今日も愛してるよ、摩耶!

あまりにも夢見が悪かったので、食事を作る気力が沸かず、ファミレスのモーニングでスタートです。

夕方になって、昼ごはん。
左:三分搗き雑穀ごはん、卵黄身醤油漬け、辛味大根おろし、タクワン
右:生湯葉・カブ葉の味噌汁
上:卵の白身とカブの蕪蒸しもどき

間違えた結果、信州(米)・白味噌・八丁味噌少々のブレンド味噌汁となりましたが、アゴだしと生湯葉のイマイチの相性を、非常によく取り持ってくれる味噌汁でした。
吸口は昨年作の自家製柚子胡椒。
生湯葉は大好物なんですが、高価なので、買うことは月に1回あるかないかです。
数日前、見切り品の生湯葉を買ってあったので使いました。
賞味期限ちょっと過ぎてますけど、気にしない、気にしない。

蕪蒸し。レンジでショウガ入りベッコウ餡を作ろうとして失敗。食べてしまえば同じこと♪

血圧は平常時に近づいてきました。

昨年12月中旬ごろから、砂糖の甘みが美味しくてたまりませんでした。
私はふだん、砂糖をほとんど口にしておらず、むしろ砂糖の甘みに惹かれるのは体調不良の証拠です。
尿も泡立ち続けてきたので「うーん」と思っていました。
しかし今日は、スーパーで自然に「砂糖よりドライフルーツ」という選択をしました。
体調は本格的に復旧しつつあるようです。
尿の泡立ちも少なくなってきました。
さあ。原稿書こうね、自分。
「困った生活保護利用者たちが周辺で困った状態になり、大変だった。心身ともの健康を大きく害させられた。しかし、致命傷は受けなかった。死ぬかと思ったけど、殺されなかったから、まあいい」
という自分自身と、
「困った生活保護利用者たちによって、時間と体力と気力と、それらによって可能になる数多くの機会を失った。『生活保護のリアル』を一回休載することになった。報じなくてはならないことを報じる機会を一回失い、一回分の原稿料が減収となった。書籍の仕事でも、クライアントさんたちに多大な迷惑をかけた。けれども、『出せたはず』より少ないけれども、とにかく、結果は出せた。大変な被害は受けたけれども、相手たちには償う気も償う能力も期待できない。二度と、同じ目に遭わない。だから、まあ、いい」
という仕事の成り行きを目指して(しつこいようですが、その人たちの「生活保護だから」が問題なのではなく、その人たちが「自分は生活保護だから」を主な理由として、私の時間・気力・エネルギーなどなどをブラックホールのように奪ってくることが問題だったんです)。
もう、
「11月下旬以後、酷い目に遭わされなかった」
も、
「せめて12月初旬に、それ以上酷い目に遭わされずに済むためのアクションを取った」
も、それらによって
「仕事はまあまあ順調に進み、12月と1月を過ごすことができた」
も実現できない。
だけど、
「心身どちらも、殺されなかったから、まあいい」
「減ったけど結果は出せた。私は、今後二度と同じ目に遭わない。だから、まあいい」
なら、たぶん目指せるから。
猫と人との暮らしについて、「一冊だけ」と言われたら、東浦美季さんの「猫の神様」を推します。
今日は、故・悠(1998-2013)の月命日です。
今日は摩耶(17歳7ヶ月15日)が大変元気です。
まず、もちろん、今日も愛してるよ、摩耶!

朝、私が起きると、摩耶は床面からベッドの上の私の膝に、ぴょんと飛び乗ってきました。
朝食時は、自分の食事もそこそこに、キャットタワーの上で食事をしている瑠(6歳7ヶ月)のところに
「何か違うおいしいもの食べてない?」
とチェックに行き、瑠を押しのけて食事を奪うなど。
さらに、瑠のために高いところに用意しているドライフードも、パクパク。
体調よくて元気なら良いことです。
ただ、年齢が年齢、「病気のせいで元気に見える」という可能性を考えないわけにいかないんですよね。
故・悠が患っていた、甲状腺機能亢進症。
初期の血液検査コスト(最初の1ヶ月で4回として3万円くらい、安定すれば月1回以下でよくなりますが)を考えて、ちょっとヘコみました。
何をガマンして、そのコストを捻り出そうかと考えました。
何をガマンして、そのコストを捻り出そうかと考えました。
そしてすぐに、
「なーん、もしそうだとしても、ガンよりいいじゃん、付き合っていける病気、命までは取られん」
と自分に言い聞かせました。
いずれにしても、数日中の月例血液検査のときに「17歳なのに?」という異常な元気が続いていたら、そのとき考えれば済むこと。
当分、忘れていることにします。
悠の月命日なので、摩耶と生前の悠の仲睦まじい姿をもう一点。
通院から帰ってきた不機嫌な摩耶ねーちゃんと、姉貴が帰ってきて嬉しい悠の再会です。
瑠も元気です。

いずれにしても、数日中の月例血液検査のときに「17歳なのに?」という異常な元気が続いていたら、そのとき考えれば済むこと。
当分、忘れていることにします。
悠の月命日なので、摩耶と生前の悠の仲睦まじい姿をもう一点。
通院から帰ってきた不機嫌な摩耶ねーちゃんと、姉貴が帰ってきて嬉しい悠の再会です。
瑠も元気です。

あまりにも夢見が悪かったので、食事を作る気力が沸かず、ファミレスのモーニングでスタートです。

夕方になって、昼ごはん。
左:三分搗き雑穀ごはん、卵黄身醤油漬け、辛味大根おろし、タクワン
右:生湯葉・カブ葉の味噌汁
上:卵の白身とカブの蕪蒸しもどき

間違えた結果、信州(米)・白味噌・八丁味噌少々のブレンド味噌汁となりましたが、アゴだしと生湯葉のイマイチの相性を、非常によく取り持ってくれる味噌汁でした。
吸口は昨年作の自家製柚子胡椒。
生湯葉は大好物なんですが、高価なので、買うことは月に1回あるかないかです。
数日前、見切り品の生湯葉を買ってあったので使いました。
賞味期限ちょっと過ぎてますけど、気にしない、気にしない。

蕪蒸し。レンジでショウガ入りベッコウ餡を作ろうとして失敗。食べてしまえば同じこと♪

血圧は平常時に近づいてきました。

昨年12月中旬ごろから、砂糖の甘みが美味しくてたまりませんでした。
私はふだん、砂糖をほとんど口にしておらず、むしろ砂糖の甘みに惹かれるのは体調不良の証拠です。
尿も泡立ち続けてきたので「うーん」と思っていました。
しかし今日は、スーパーで自然に「砂糖よりドライフルーツ」という選択をしました。
体調は本格的に復旧しつつあるようです。
尿の泡立ちも少なくなってきました。
さあ。原稿書こうね、自分。
「困った生活保護利用者たちが周辺で困った状態になり、大変だった。心身ともの健康を大きく害させられた。しかし、致命傷は受けなかった。死ぬかと思ったけど、殺されなかったから、まあいい」
という自分自身と、
「困った生活保護利用者たちによって、時間と体力と気力と、それらによって可能になる数多くの機会を失った。『生活保護のリアル』を一回休載することになった。報じなくてはならないことを報じる機会を一回失い、一回分の原稿料が減収となった。書籍の仕事でも、クライアントさんたちに多大な迷惑をかけた。けれども、『出せたはず』より少ないけれども、とにかく、結果は出せた。大変な被害は受けたけれども、相手たちには償う気も償う能力も期待できない。二度と、同じ目に遭わない。だから、まあ、いい」
という仕事の成り行きを目指して(しつこいようですが、その人たちの「生活保護だから」が問題なのではなく、その人たちが「自分は生活保護だから」を主な理由として、私の時間・気力・エネルギーなどなどをブラックホールのように奪ってくることが問題だったんです)。
もう、
「11月下旬以後、酷い目に遭わされなかった」
も、
「せめて12月初旬に、それ以上酷い目に遭わされずに済むためのアクションを取った」
も、それらによって
「仕事はまあまあ順調に進み、12月と1月を過ごすことができた」
も実現できない。
だけど、
「心身どちらも、殺されなかったから、まあいい」
「減ったけど結果は出せた。私は、今後二度と同じ目に遭わない。だから、まあいい」
なら、たぶん目指せるから。
猫と人との暮らしについて、「一冊だけ」と言われたら、東浦美季さんの「猫の神様」を推します。

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