私は30年前、実家を離れて東京の大学に進学しました。
大きな原因の一つは、母親との関係が物心づいて以後ずっと険悪なままだったことです。といいますか、私は虐待を受けていました。最初は母親だけから。ついで、4歳下の弟が、母親の奨励のもとに。私の背が母親よりも高くなると、酔った父親を母親がけしかけて……ということもありました。9歳下の妹もいますが、妹は全面的に母親の味方です。親きょうだいの中に、私の味方はいません。
母親は、虐待の直後でも
「覚えていない」「自分がそんなことをする(言う)わけない」
と主張していました。また
「あなたは長女だから」
という理由で、私にしていることを正当化していました。母親によれば、
「自分はお母さんにもっとひどい目に遭わされていた、自分は優しくしてやっているんだ」
ということでした。母親は、その母親である母方祖母(2012年に98歳で他界)に虐待されていたというのでしょうか? 
母方祖母は戦後の混乱の中で、夫が早く亡くなるという出来事を乗り越えて必死に4児を育てた、「がばいばあちゃん」みたいな女性でした。虐待は外からはまことにわかりづらいものですが、少なくとも母方祖母は、母親のことを虐待はしていなかったと思います。10年以上前のことですが、母方祖母は折り紙をしながら、父親に愛されている母親のことを「幸せ者よ」と話題にし、とても嬉しそうな表情をしていました。「良き母を演じつつ、実はこっそり隠れて虐待をしていて」ということは世の中にはよくあるのですが、私が目の前で見ていた母方祖母と母親の関係からは、そのようなことの気配も感じられませんでした。母親の実家は、家事といいますか家の仕事が大変な家ではありましたが、別に女児だから特別に大変だったというわけでもなく、男児も庭の管理など数多くの家の仕事をして育っていたようです。
母親のきょうだいたちから、母親が母方祖母に虐待を受けていたという話が出てきたことはありませんでした。事実、母親は母方祖母に虐待されていなかったのかもしれません。あるいは、母親だけが虐待されており、その状態は他のきょうだいたちにとって好都合であったので、他のきょうだいたちは「虐待はなかった」としているということなのかもしれません。ただ、私自身が見てきた母親ときょうだいたちの関係からは、「母親だけが虐待の対象になっていた」という可能性は考える必要はなさそうだと思います。母親たちきょうだいが、別の近親者からのDV被害に遭っていたのは事実であるようですけれども。

私は実家を離れた後、疎遠になりつづけるばかりです。
それでも、年に一度くらいは両親と接する機会がありました。今後もそうかどうかは分かりませんけれども。
昨年までは年賀状も来ていました。
今年は両親からは年賀状は来ず、母親の言いたそうなことが別の血縁者の年賀状に書いてありました。
もし、「1年あたり1回程度、数時間」程度にでも母親との接触が今後とも続くのであれば、母親に絶対にやめてもらいたいことが3つあります。昔の虐待のことではありません。これからのことです。

1.「背後に回り込み、いきなり私の両腕を抑えこむ」といった、通常は攻撃目的で行われる行動をとるのはやめてほしい。

70歳を過ぎているとはいえ二足歩行している母親に、そういう行動を取られると恐怖を感じます。相手がだれでも、本能的に恐怖を感じるのが正常な反応だと思います。

2.周囲に他の人がいないとき・他の人が離れた場所にいるときに、私の耳元で、私にだけ聞こえるように何かを言うのはやめてほしい。

これは1.とセットになることがあります。
「背後に回りこみ、私の両腕を後ろから抑え込んだ上で、私の耳元で自分の言いたいことを言う」
という形です。
いずれにしても、私にしか聞こえないように言われることは、たいていは他の人に聞かれては都合の悪いことです。母親の嫌いな親類の悪口とか、身勝手すぎる希望とか。私が「聞きたくない」という素振りを示すと、母親は
「お母さんがせっかく言ってやっているのに!」
と怒ります。
私はむしろ、「母親がそういうことを私の耳にだけ入るように言っている」ということを広く知ってほしいです。
母親が間違ったことを言っておらず、「せっかく言ってやる」に値するほど素晴らしいことを言っているのであれば、私にだけ聞かせる必要はないはずです。堂々と、誰の前でも言えばよいのではないでしょうか。

3.「努力して車椅子不要になれ」と要求すること、無理な体操を押し付けることをやめてほしい。
 
2007年から母親は執拗に、私に「運動して、鍛えて、車椅子不要になるように」と言い続けています。そして、私には出来ない体操をするように要求しつづけています。こちらのページで「左右回転」として紹介されている腕振りです。
当時も今も、私にこの動作はできません。だから母親に求められるたびに「できない」と言っています。しかし母親は執拗に、やるように私に求め続けています。
母親によれば、この体操は素晴らしいもので、自分自身の健康維持に役立っているのだそうです。それは分かります。私も以前、太極拳をやっていましたから。
最近、母親は自分が言っても聞かないと判断したらしく、最近は、まだ交流が若干はある近親者に「身体を鍛えて車椅子不要になるように」と言わせていたりなどします。
そもそも、努力すれば車椅子不要になれるような肉体能力は、私にはありません。現状は既にベストエフォートの結果です。リハビリ的なことは日常に組み込んで実行しています。起きていられる時間のすべてをリハビリに割けば、歩行可能距離が若干伸びる程度のことはあるかもしれませんが、たぶん車椅子不要にはならないでしょう。それに、私が持てる資源のすべてをリハビリに割いたら、誰がどうやって我が家の生計を支えるんでしょうか? 
不可能なことを要求されては困ります。不可能だから不可能と言っているんです。それが7年も通じないのです。

ここにこのように書いても、母親には通じないだろうと思います。そもそも読まないでしょうし。読んでも、何が問題なのか理解できないでしょう。言って通じるくらいなら、最初からやっていないだろうと思いますし。
それに、過去50年にわたる母親との関係を振り返ると、
「では、この3つ以外なら、やっていいんだな」
と理解される可能性も低くはないです。たとえば
「精神科病院に医療保護入院させる」
とか。今なら三親等内の親族の同意で可能ですから。

とにかく私はここ数年、母親と接触するたびに、このようなことに困っています。
もし接触が続くのなら、こういうことはやめてほしいと思います。 
この3つだけをやめてほしいわけではなく、私が嫌な思い・恐ろしい思い・辛い思い・悲しい思いをするようなことは、しないでほしいのです。
母親が私にした過去の数多くの虐待を、私は未だに思い出して泣くことがあります。虐待そのものが辛かったというだけではありません。その虐待によって失われた機会や奪われた時間は、もう永久に返ってきません。
だから今後は、そんなことはしないでほしいのです。
今後の私は可能な限り、そんなことをされずに過ごしたいのです。 
せめて、されてしまった私が「イヤです」「やめてください」と言う自由くらい欲しいんです。
こちらのエントリーにある「昨年秋の出来事」とは、母親の上記のような行動に対して、私が「やめてほしい」と言った、ということです。
私は、されるべきではないことをされたので、「イヤです」「やめてください」と言っただけなんです。
今までだって、勇気をふるって、可能な限り、「イヤです」「やめてください」という意思表示はしてきました。でも、全く通じなかったんです。
その「昨年秋の出来事」が起こったのは、家族以外の方もいる場所でのことでした。私の「やめてほしい」という意思表示は、生まれてはじめて無視されませんでした。その場では、母親は私の肩から手を離しました。
しかし、引き続いて起こったことは、私の生存の基盤に対する脅威となるできごとでした。今、詳細をここに書くわけにはいきませんが。
父親は、私が両親に恥をかかせたと言っています。そうかもしれません。でも、ここで私が「やめてほしい」と書いている3項目のうち1.と2.を母親が行ったのでなかったら、私は「やめてほしい」と声を上げることはなかったでしょう。したがって、両親が「恥をかかされた」ということにもならなかったはずです。
誰が誰の顔に泥を塗ったのでしょうか? 誰が誰に恥をかかせたのでしょうか? 私は、「私が」泥を塗ったのでもなければ、「私が」恥をかかせたのでもないと思っています。

私は、おかしな扱いを受けずに生きて暮らしたいです。
おかしな扱いに甘んじなければ生きることも暮らすことも難しくなるのだとしたら、その状況はおかしいと思います。
そのことを自ら確認する意味で、ここに書きました。