毎日新聞で、犯罪被害と後遺障害に苦しんでいる女性と生活保護の問題が報道されました。
女性はときおり講演で報酬を得ているのですが、福祉事務所によって就労収入とされて保護費の変換を求められている、ということです。

毎日新聞 2014年02月26日 07時30分

 犯罪被害の後遺症で生活保護を受けている女性が昨年、被害に関する講演の謝礼は「就労収入」に当たると指摘され、保護費の返還を求められていたことが分かった。女性は全身の皮膚の9割にやけどを負い、事件から20年たったいまも働くことができない。地元の福祉事務所はその後収入認定を取り消したが、厚生労働省は就労収入との見解を崩していない。支援団体のメンバーは「犯罪被害者に特化した制度がないから、こうした問題が起きる」と持続的な補償制度の創設を訴える。【小泉大士】 (以下略)

まず、社会保障バッシングのさなかに、この事実を記事化されたことに対して、記者の小泉さんに感謝します。
その上で、生活保護問題を中心に報道しているライターとして、いくつかの問題点を指摘させていただきます。

  • 講演料を就労収入とみなすこと自体は、特におかしな取り扱いではないと思います(記事本筋ではないんですけど、数千円の講演料は安すぎます。いくら非営利でも、いくら講演者が生活保護当事者でも、バカにしているのでは?)。講演料は、就労収入でなかったら何なんでしょうか? お恵みですか? そう考えることの方が失礼ではないでしょうか?
  • 就労収入とみなされても、全額の返還を求められるわけではありません。現在(2013年8月以後)は、15000円まで(2013年8月1日以前は8000円でしたが、就労インセンティブとして増額されています。参考:厚労省資料)は手元に残ります。収入が多くなれば、返還を求められる金額も増えるのではありますが、全部を返還させられるということはありません。収入が増えれば、手取りは少しずつは増えるようになっています。そうしないと「働いたら損」ですから。
  • 最大の問題は、経費の取り扱いにあるかと思われます。通常のアルバイト収入と同等に考えるのでしょうか? この方が人生を犠牲にさせられて得た経験あればこそ講演が可能になっていることを考慮して、経費に弾力的な解釈(ライターの取材経費同等の)を行って手元に残る金額を増やす余地はないのでしょうか?
  • この方が抱えてきた最も深刻な問題は、犯罪被害者の医療費に対する公的支援が手薄すぎることです。だから、生活保護の医療扶助を利用するしかなくなり、医療扶助を利用するために生活保護を申請したわけでしょう。そのことを、制度に詳しくない読者にも分かるように書いてほしいと思います。
  • さらにいうと、1970年代に高額療養費制度(参考:拙記事)が出来る前は、原因を問わず、ほとんどの疾患・負傷で同等の問題が発生していたわけです。お金の問題で治療を断念して亡くなる方は少なくありませんでした。そこで高額療養費制度が創設されたわけです。さらに現在、身障者・難病患者の一部に対し、医療費公費負担制度が適用されています。これらの制度の運用を、もっと弾力的に広範囲に行う必要があるのではないですか? 犯罪被害者など本当に不慮の理由によって疾病や障害を背負わされてしまった方々も含めて。そこまで言及していただきたかったです。
  • 就労にまつわる悩みの話が出てきますけれども、就労したら生活保護の対象とならなくなるわけではありません。身体の条件などを考慮すると、一般正規就労は非常に困難でしょう。最低生活費(いわゆる「生活保護費」のこと)以下の収入しか得られない可能性は高いです。であれば、就労収入と最低生活費との差額は、生活保護制度で得ることができます。また、就労収入の金額にもよりますが、生活保護の医療扶助だけを単給で利用しつづけることも可能です。この記事の書き方だと、「働いたら生活保護でなくなって損だから働かない人」という風にも読めます。ネット世論でどういう攻撃がなされるか、心配です。
  • この記事で言及する必要があるとは思いませんが、「働いたら損、生活保護の方がマシ」という収入範囲は実際に存在します。その背景には税制設計の問題があります。基礎控除額はなぜ38万円なんでしょうか? 「最低限生きるに必要な金額だから課税対象としない」という趣旨なんですから、これは生活保護制度でいう最低生活費と同等でなくてはなりません。もし基礎控除額が最低生活費と同等まで引き上げられたら、「働いたら損、生活保護の方がマシ」という逆転現象は全部消滅します。
記者さん、もしこのコメントに気づかれたら、次からは記事化の前に、生活保護問題対策全国会議の法律家やソーシャルワーカーたちに、ちょっと問い合わせをしてみていただけないでしょうか?
制度の現状を正確に理解するのは、生活保護問題に張り付いている私みたいなライターにとっても大変なんです。
頼れる知恵袋を、どうぞ利用して下さい。
「コメントしてやるから、教えてやるから、自分たちの思い通りの記事を書けよ」
というようなケツの穴の小さい法律家や支援者は、そこにはいません。安心して接触してください。